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ちば先生も知らなかった、ちばてつや。「みなもとさんよく調べたね」~ちばてつや・みなもと太郎マンガの歴史を語る〜 中編

 9月8日(金)に『マンガの歴史1』の刊行記念として、ちばてつや先生、みなもと太郎先生のトークショー「ちばてつや・みなもと太郎、マンガの歴史を語る」が行われました。その様子を前・中・後編の3本立てでお送りしている今回、こちらは2本目の中編となっています。

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

 

 

前編はちば先生の幼少期のお話や、みなもと先生の急なお詫びが飛び出し会場が笑いの渦に。中編はみなもと先生の鋭いつっこみが更に増し、隅々まで作品を読んでいるみなもと先生の「ちばてつや愛」を感じる内容となっています。梶原一騎先生のお話も登場します。それでは早速お読みください。

 

前編はこちらから↓

ちば先生も知らなかった、ちばてつや。「みなもとさんよく調べたね」~ちばてつや・みなもと太郎マンガの歴史を語る〜 前編 - 岩崎書店のブログ

 

後編はこちらから↓

ちば先生も知らなかった、ちばてつや。「みなもとさんよく調べたね」~ちばてつや・みなもと太郎マンガの歴史を語る〜 後編 - 岩崎書店のブログ

 

 

 

コマわりはマンガの命。胸が痛みます。

 さきほどの『ユカをよぶ海』ですが、こちらは付録版となります。
このときは見開きで、

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 次にこのページです。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 これが単行本になりますと、このような見開きになっています。

ちばてつや みなもと太郎

 左右が入れ替わっちゃうんですね。

 これ間違えたの?

 いえ違います。途中でどうしても扉絵を抜かなきゃいけないですし、ページ数の関係で変更されています。

 どっちが良かったの?

 当然最初に先生が描かれたものが良かったに決まっていますが。
(会場笑)

 単行本にするときに私はあまりかかわっていないですね。扉絵をちょっと抜きますよというのは聞いていますが、どうなるということは知らなかったね。うっかり。

 ご自分でわかってない。
(会場笑)
 見開きになってしまうんですね。本当はめくればこの場面になるはずのところが。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 付録版の方がずっといいんです。『リナ』にいたっては少女フレンドで総集編にするときに、3段割を全て4段割に変更されています。ご存知……ない? まさか……。

 全部ですか?

 もう最初から最後まで全部です。少女クラブの付録バージョンを全て揃えないと3段割の『リナ』はもう読めません。

 誰がやったんだろう。
(会場笑)

 え! 私は先生が涙を飲んで……。

 いやいや、それだったらやらなかったと思う。

 やはり。それぐらいのお気持ちですね。

 1コマ1コマの位置や、めくるタイミングはすごく大事なので、もし4段割にするのならほぼ描き直しですね。今思い出すと、週刊誌2本やって月刊誌1本やって新聞やってというような眠る時間もない忙しい時代があったんですよね。恐らくそこで私のアシスタントをつかったか、編集者とアシスタントが心配しながらやってたのかな?

 えー! それはご存知なかったとすれば大変な。
(会場笑)

 胸が痛みます。それはほんとに聞くのも辛いですね。読者に対して申し訳ないです。


この目だ! 潤んだ目の誕生秘話

 これは『リナ』の初出です。リナちゃんが、コマをたくさんかけてご飯の支度をして、ここで「今日はつかれたわ」という台詞を言います。このリアルさに当時驚きました。そしてうたた寝をして火事の夢を見る。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史 

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 そしてこのあと目が覚めるんですが、そのリアルさに驚きました。普通の表現だと、頭の中がぽぽぽぽと煙みたいに湧き上がるのに対し、まだ夢の世界が残っているんです。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 夢と現実がオーバーラップしてるコマを描いていますね。新しい表現だったんですね。

 なんとなく覚えてます。思い出したんですけど、この目がすごく難しかったんですよ

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 一生懸命描き直しているうちに、ふっと消しゴムがすべって目玉が半分消えたんです。そしたらその目がすごく良くて、…この目だ! って描いたのを覚えています。それから涙ぐんだ目は、途中で消してしまうという描き方をしています。

 それはこのコマですか?

 この絵かどうかはわからないけど、目を半分消した記憶はあります。たぶんこれだと思う。

 こちらが先程話していた4段割にされたリナの総集編です。 3段割の良さは申し訳ないけどなくなってます。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 切り貼りしてコラージュしちゃってるんで、全く別物になってるんですよね。ページの中の構成が。これが先程の火事の場面です。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 もう見たくない(笑)。ちょっとつらいですね。これは。マンガ家は、誰でも「1コマ1コマどういうコマ割りにしようかな、めくるのどうしようかな」ってことは考えることですよね。それは、すごくね、マンガの命だと思うんですよ。

 

読者の顔がページに?

 次は『リナ』の中でジェットコースターの右端に乗っている女の子の顔なんですけど。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 これが、総集編の方ではこの顔になっている。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 この顔が、なぜ描き直されているということは、ちば先生はご存知だと思います。

 あー……。

 これは、ちば先生が描かれたのではなくて、あきおさんですか?

 誰かが描いた絵でしょうね。

 なるほどね。でも、これを描き直さねばならなかったことについてはご存知ですか?

 元の絵は少し違和感があるでしょう。マンガの絵じゃない。

 はい、そうです。「中途半端リアル」と言わせていただきます。

 読者サービスで、抽選で当たった人の顔をマンガの中で登場させますという企画があったんです。

 ここまで、ちば先生は気にしてわざわざ直されているようだから、当然先程の4段割をご承知だと思っていました。

 だけど、だーれがやったんかなー。
(会場笑)

 編集さんだってそんなこと勝手にすることないだろうし。

 それは無理です。無理です。

 アシスタントも私に聞きに来ると思います。同じ屋根の下で。いくら忙しくても暇なときみつけて。

 先生がOK出していると思いましたが。

 まかせるよー! って言ったかもしれないね
(会場笑)

 それはちょっとね、半分寝てるときに。しかしよく見つけましたね(笑)。

 そういう重箱の隅をほじくるというのが、私の趣味です。
(会場笑)

 別冊付録で楽しんだ人が単行本でもう1回買って、がっかりされたかなということがすごく心が痛いですね。

 はい、私はがっかりしました。
(会場笑)

 でも普通は気づきません。

 みんなその頃はすごく忙しいときだったんでね。たぶんこれだったらちばさん満足してくれるだろうということで一生懸命やってくれたんだと思う。

 ただ今後、世に残すものとして、単行本も電子書籍も4段割に変わってからのものになっているので、それが非常に辛いのです。少女クラブの付録バージョンを全てそろえないと3段割のリナはもう読めません。『ユカをよぶ海』だけかな。そのままでやれているのは。後は全部駄目です。

 それでもやっぱりなんとかしてもらいたいですね。僕も読ませていただきましたが、全然体験が違いました。

 由々しきことです。ましてや緻密な計算されてコマ割られているのはよくわかってますから。このコマだって全く4段割ではこんな印象をあたえることはできません。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 出版社さんがそんなことを勝手にするとは思えないので、恐らくマンガに詳しい人にお仕事として任せたんじゃないですかね。多忙の中、単行本化の話がたくさんきていたので。
(会場笑)

 次は、おそらく少女マンガ初めての女の子同士のつかみ合いの喧嘩。たみちゃんと大喧嘩する場面です。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 これが初出だとそのまま、ぼろぼろになったリナが帰ってきます。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 そして総集編だと格子が描き足されているのと、

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 コマわりが変わっています。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 ワイプみたいな。

 はい。割っちゃってるわけです。でもこの割り方も後に描き下ろしでなさっているから、当然ちば先生がご自身で?

 わー。
(会場笑)

 もういい。いやいや、それはほんとに胸が痛い話ですけど。

 それでは気分を変えて違う話にいきましょう。
(会場笑)


もう野球マンガは俺は描けないと思って辞めた

 この後、少女マンガから少年マンガに移行されていきますが。

 当時少年マンガは手塚治虫さんや横山光輝さん、馬場のぼるさんなど、私より少し年齢が上のメンバーが占めていて、隙間がありませんでした。一方少女マンガは、女性の作家がほとんどいなくて、上田トシコさんとわたなべまさことさんと長谷川町子さん……

 水谷武子さん 。そんなもんですか。

 昔は、マンガは夜中に起きて描くので男の仕事ってことでね。だから女の子のマンガを描けるなら仕事をあげると言われたときは嬉しかったですが、私は兄弟が男ばかりで母親も男勝りだったので、どういう風に描いたらいいかわからなくて、最初は一生懸命少女マンガや子どものファッション雑誌をたくさん買ってきて勉強しました。

 要するにスタイルブックの類いを。

 そうですね。それを見ながら女の子を描く練習を何度もして、流行の服や、部屋の様子も参考にして。私なんかちゃぶ台しか知らなかったのに、机の上にちゃんとレースが敷いてあったり、カーテンは模様とひらひらがついていたり。
結構苦労しましたが、それを勉強しながら少女マンガを描いたことによって、女の子の雰囲気が描けるようになったので、良かったなと思うんですよ。恐らく石森さんや赤塚さんや松本さんたちもみんなそう思っていると思います。

 では、少年マンガを描きたかったけど隙間がなかったと。少年マンガのお仕事が回ってきたときは嬉しかったですか?

 そうですね。前から描きたいとは思っていました。

 それが『ちかいの魔球』ですね。人気がすごかったです。

 私は野球を全然知らなかったんですが、野球に詳しい編集担当の宮原さんと原作者をつける条件のもと、ただ座って絵を描いていればいいんだからと言われて、引き受けました。
(会場笑)

 でも、少年マンガを最初に描いたときに、ずっと少女マンガ描いてたもんだからどうしてもまつげが長くなっちゃう。
(会場笑)

 二宮光くんが(笑)。作品に出てくる魔球は原作の福本和也さんが登場させたんですか?

 そうですね。その当時中日ドラゴンズの杉下さんが初めて日本でフォークボールを投げて、それが魔球と言われていました。

 なるほど。

 そこから色々ヒントを得たんだと思うし、私もボールが消えるのがすごいな、面白いなと思って一生懸命やってました。

 なるほど。

 ただストンと落ちるだけじゃなく、ふわっと浮いたりいろんなことをするわけで。

 それはね、私は野球をあまり知らなかったから、こんなボールを投げられたら面白いなと、どんどんイメージを膨らませて描きました。でもその後、水島新司さんが出てきてね。非常にリアルでルールから何から詳しくて、その面白さを見て、あーもう野球マンガは俺は描けないなと思ってやめましたけど。
(会場笑)

 水島新司先生も、最初はちばてつや模写から入ったんですよね。

 え? 同い年ですよ。彼は。

 でも『影』でデビューした後に少年画報に移るときには、ちば先生を1コマ1コマとにかく必死に学んだということは仰っていますし、作品を見てもそのまま出てます。

 そうですか。私の前では言わないね。同い年だからねぇ、態度でかいよ(笑)。
(会場笑)

 草野球場で会った時に「あんないい加減なもの描いてよく平気だったね。あきおちゃんの方が上手いよ」って言われましたよ。

 ははー、そうですか。『男どアホウ甲子園』や『エースの条件』を描くまでは、本当にちばてつや風に描くのに専念されてます。本人もそれ認めてますけどね。ちば先生の前では言わないんだ。

 嬉しいですね。

 それで、二宮光の魔球はエスカレートして、消える魔球になるんですが、それは福本和也が次々とアイディア出されたのか、それともちば先生の創作ですか?

 福本さんがシナリオをくれて、それを野球に詳しい編集担当の宮原さんと一緒に読んで相談しながら作っています。シナリオがすごく面白くても、絵にできないなとか、台詞がずっと続くと、子どもが間が持たないので、会話を二つに分けて間に他のシーンを入れたりね。

 それでは、魔球のエスカレートは、あくまで福本和也がなさったと思っていいわけですか。

 そうですね。福本さんがいろいろ考えてくれたし、その頃は宮原さんも一緒になって、こんなになったら面白いねとかボールが割れたらどう? とかね。
(会場笑)

 読者と一緒の気持ちになって、こうなったらびっくりするよねとか。

 それから少年野球マンガは魔球がたくさん出ましたから。

 とりあえず雑誌には必ず野球マンガ1本、戦争マンガ1本というバランスがありましたからね。

 

騙された! 地下のバーにサングラスをかけた大きい人が


 ちかいの魔球の後が『紫電改のタカ』ですよね。これは戦争ものというオファーでしたか?

 そうですね。当時戦後10年程経って、日本軍の戦闘機や戦艦、潜水艦のリアルな写真のような絵がたくさん雑誌に載っていたんです。それを見たら、戦争ってかっこいいなというふうに子どもが思っちゃうんじゃないかなとすごく心配になりました。特攻隊の手紙を私は見ていたから、こういう人たちのことも描かないと駄目だろうと思って、担当編集の宮原さんに話をしたら共感してくれたわけです。
「戦争をかっこいいと思わせてはいけない! 戦争っていうのは悲惨なところもあるんだ」ということも描きましょうと言ってくれたんでね。それで、紫電改という戦闘機が悲しいことに全て特攻隊に使われてしまったということが調べているうちにわかってきたんで『紫電改のタカ』を描こうということで、終戦の頃の悲惨なことを描いたわけですね。やはり重い話がどうしても出てくるからね、『ちかいの魔球』はすごく人気が出たんですけど『紫電改のタカ』はあんまり人気出なかったんですよ。

 え、あれでですか。ラスト10回あたりが非常に毎週緊張感がありました。

 大人になって読んだんじゃ?

 いやいやリアルタイムでございます。わたくしは。

 失礼しました。
(会場笑)

 その後は『ハリスの旋風』でだいぶ毛色が変わりますが。

 その間に『ハチのす大将』がありますけど、せっかく黒澤明の『酔いどれ天使』ぐらいのものになると思ったら、途中から『マッハ三四郎』が混ざってしまったのでこれは残念でした。

 子どものマンガは、人気が出ないと担当さんも焦るし、私自身も仕事にかかわってきますからね。人気とこれだけは描き残したいという気持ちの、せめぎ合いなんですね。話が重くなって人気が下がってきたので、子どもがワクワクする話をということで、オートバイを入れたり、最初に描くときの意気込みとはちょっと違ってしまいました。
 なんらかのテコ入れは仕方ないとして、オートバイをいれるという具体的な発想は、ちば先生ですか? 宮原さんですか?

 二人で相談してました。

 私は読者としてはその前の吉田竜夫の『マッハ三四郎』のオートバイが非常に記憶に残ってたので、それかなと。

 ちょっとわからないです。どっか忘れたいと思ってるのかな?(笑)

 ちば先生のヒューマニズムと人気とのせめぎ合いのところで、いかに妥協していかなければならないかというところが、マンガ家が読むと涙がちょちょぎれます。

 『ハチのす大将』を辞めるきっかけは、人のせいにしちゃいけないんだけど、あるときすごい巻紙の手紙がきました。

 巻紙ね。

 手術をする場面がたくさん出てくる中で、すごい達筆で「手術のメスとか色々なものの置き場所が違う。マンガは純粋な子どもが読むものだから嘘を描いてはいけない。ちゃんと良く調べて描こう」そう書いてあって、最後にその人の名前が「つのだじろう」とあった。
(一同爆笑)

 あの手紙取っておけばよかったと思うんだけどね、彼はマンガを見て変だと思うと巻紙を出したらしいんですよ。うちにもその1本が来て。それを見た途端に、調べて描いたのにもうダメだ、続けられないって、その後は宮原さんと収束していきました。

 でもほんとに完成度は高いんです。だからご覧いただきたいと思います。メスを入れるときにシュっという音が入って、次のコマで顔に血がぽぽっと飛ぶ絶妙の間が、要するにちばてつやの間なんです。これはもうぞくぞくしましてですね。また『風雲児たち』でパクるという。いくらでも私はパクります。
(会場笑)

 パクるっていい方はあれですけど。

 そうなんです。

 これ面白いな、いい表現だなと思うと、私も随分いろんな人のマンガ家から影響を受けています。まず杉浦茂さんからですけど。みんなそうですよね。

 それをパクるという言葉にいきなりなってしまうことで、非常に犯罪的なことをしている思いがして、「誰の影響を受けていない」という人が出てくる。ややこしいんです。影響を受けないで描ける人は恐らく地球上に誰もいない。パクるではなく、うまい言葉はないかと思うんですけど。

 学ぶという言葉は真似るからきていて、例えば親方から大工さんが技術を盗むとかよくいいますけど、同じことができるようになって初めて一人前といわれるじゃないですか。

 だから誇っていいことなんです。

 そう。

 そういう意味ではその後にでた『巨人の星』はだいぶ『ちかいの魔球』から学んだと思うんですけど。

 それはたくさん学んだでしょう。

 宮原さんの編集ですよね? 『巨人の星』のことは気にしていましたか?

 同じ雑誌に載っていましたから、その当時はライバルという感じはしましたよ。だからすごく面白くなったりするとハラハラして、これじゃ負けちゃうなんて思いながら。

 当時も人気投票みたいなのはあったんですか?

 ありました。私はそういうのは、いちいち聞きませんでしたけど、編集さんが喜んで今回2位になったぞって。「ちょっとまって1位はなんなの」って聞いたら『巨人の星』だよということはありました。
(会場笑)

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 勝負しているわけではないけど、みんなに喜んで欲しいという気持ちがあるから、がっかりしました。担当さんはすごく気にして、もっと面白くすれば今度は1位になるぞなどという話はよくけしかけられましたね。それはみんなにしてたと思います。恐らく川崎のぼるさんにも。

 宮原さんは策士ですよね。騙されたように『あしたのジョー』も始まりましたし。

 (笑)。

 あれはちょっと騙されたな。もともと梶原一騎さんがボクシングものでマンガ家を探していて、私も『ハリスの旋風』の最後の方でボクシングが出てくるので、この世界を描きたいなと思っていたんです。でも自分でオリジナルでどんどん話を進めていたところで、キャラクターも決まっているし、下町で始まる話とか、怪しげな酔っぱらいおやじに絡まれてとか、ちょっと考えていたんでね。梶原さんとはいつか組んでもらいたいとは思うけど、今回はオリジナルでやるからということで断っていたんですよ。前から一度会ってみないとは言ってくれてたんだけど、会うと割り切れなくなっちゃうから会ってもいなかった。
そうしたらある日、宮原さんにお酒に誘われて何も知らずに真っ暗い池袋の地下のバーに行くと、大きい人がいたんですよ。
(会場笑)
真っ暗いバーだったんですけど、サングラスしてね。

 大変です。

 それで私の顔見たとたんに、ぬっと立ち上がって「よろしく」って言ったんです。
(会場笑)

 ちょっとなんだこれはと思って、宮原さんを見たら下向いて笑っているんですよ。

 ひどい話です(笑)。

 ひどくはないな、今考えるとね、いい縁を作ってくれたと思いますけど。

 ちば先生の『魚屋チャンピオン』という作品がボクシングものでありますよね。

 あれを宮原さんが梶原さんに見せたらしいですね。それでいいんじゃないかということで、話がどんどん進んでいたみたいで、ただ私は聞いてなかったです。

 

中編はここまでです。いかがでしたでしょうか?

 

続きは後編へ↓

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後編はちば先生もびっくりの『あしたのジョー』の原点の話や伝説の電気あんまの話も!?

 

前編はこちら↓

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岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

 

 

投稿者 大塚芙美恵