岩崎書店のブログ

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ちば先生も知らなかった、ちばてつや。「みなもとさんよく調べたね」~ちばてつや・みなもと太郎マンガの歴史を語る〜 前編

みなさん、こんにちは!

「岩崎書店のブログ」管理人の大塚芙美恵です。

 9月8日(金)に『マンガの歴史1』の刊行記念として、ちばてつや先生、みなもと太郎先生のトークショー「ちばてつや・みなもと太郎、マンガの歴史を語る」が行われました。

『マンガの歴史1』の著者であるみなもと太郎先生は、大ヒットマンガ『風雲児たち』などでお馴染みですが、他方では「マンガ研究家」としても知られています。

ちばてつや先生といえば『あしたのジョー』や『おれは鉄兵』といった数々の名作を世に出し、今でもその作品たちは皆に愛されています。もちろんみなもと先生もちばてつや作品を小さい頃から読みこんできました。

そんなみなもと太郎先生が、マンガ史において重要な役割を果たされてきたちばてつや先生にお聞きしたいことが山ほどあるということで、このトークショーは実現しました。

ちば先生ご本人さえも知らなかったマニアックな質問が飛び出し、会場が騒然となる場面も!? 

ちば先生のあんな話やこんな話、そしてみなもと先生の鋭いつっこみに、時間を忘れる2時間半となりました。

そんなトークショーの様子を前編、中編後編とわけてお送りします。それでは参加者170名が爆笑の渦につつまれた歴史的瞬間をどうぞご覧ください

(司会 岩崎書店CEO岩崎夏海)

 

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

 

 

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史(左 岩崎夏海 中央 ちばてつや先生 右 みなもと太郎先生)

やっかいな依頼がきたな

岩崎夏海(以下「岩」)まず初めにちば先生は今回のトークショーの依頼がきたときにどのような感想をお持ちになりましたか?

ちばてつや先生(以下「ち」) やっかいなことになったなと(笑)。マンガ家の頭というのはあまり年表を詳しく覚えている人がいないんですよね。みなもとさんはとても詳しく覚えているので、そういう人に色々聞かれるとやっかいだなと、ちょっと思ったんです(笑)。

 みなもと先生はちば先生にお聞きしたいことがたくさんあると。

 それはね。ちょいと。怖い。
(会場笑)

 

みなもと太郎先生(以下「み」) 時間内に全部聞けるかわからないですが、なんとか絞って質問していきます。
先程、ご来場の方から『戦後七十二年目の証言 (私の八月十五日)』(今人舎)という本をいただいたんですが、この表紙をちば先生がお描きになっているんですね。 

5戦後七十二年目の証言 (私の八月十五日)

5戦後七十二年目の証言 (私の八月十五日)

  • 作者: 8・15朗読・収録プロジェクト実行委員会,安藤忠雄,コシノヒロコ,黒田征太郎,ちばてつや
  • 出版社/メーカー: 今人舎
  • 発売日: 2017/07/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 中国から引き揚げてきた方たちの体験や、八月十五日のそれぞれ思いを文章と絵で描かれています。

 日本のマンガがここまで発展していったのはなぜなんだという問いには、色々な答えがあると思いますが、この『戦後七十二年目の証言』を読んで、マンガが発展するのは平和が続くときだけだと思いました。

 そうですね。それはやなせたかしさんが、しょっちゅう言っていました。マンガはみんなに楽しまれて、どんどん色んな作家が育っていく。読者がマンガを楽しんでいるというのは平和な証拠で、戦争になったらすぐマンガはなくなっちゃいますよね。

 250年平和が続いた江戸時代に町民文化の花が開いて、350年戦争がなかった平安時代に長編文学とされる源氏物語が生まれました。平和なこの二つの時代があったことこそが、現在マンガ大国になった理由として大きいんじゃないかと思います。

 『マンガの歴史1』にも書いてありますけど、円山応挙が可愛い犬の絵を描いていたり、まだ世界中に何人も小説家がいないときに、紫式部が源氏物語でロマンティックな文学を書いたりします。日本人は文学を絵巻やお芝居にして楽しむ民族だったんですね。そういうDNAをみんな持っているんです。だからマンガが大好きですし、マンガ家がたくさん育っているのかなと。

 

マンガ嫌いなお母さん。七輪で燃やされた『アラビアンナイト』

 ちば先生が初めてマンガと出会ったのは、8歳のときに道端で拾った『アラビアンナイト』だったんですよね?

 よくご存知ですね(笑)。両親が「主婦の友社」に勤めていたので、小さい頃、文学に触れることがたくさんありました。今でも覚えていますが、家の壁という壁は全て本棚で、一番下の段を子ども用として、絵本や少年少女文学全集、アンデルセンやイソップ物語がたくさん置いてありました、しかし私の母親はマンガが大っ嫌いだったので、マンガは一切ありませんでしたね。

 あの時代はそれが当たり前でした。

 だから豆本の『アラビアンナイト』を拾ったときにびっくりしたんですね。ひと目で色んな情報がワーっと入ってきて、こんなにわかりやすいものがあるのかと驚きました。すごく面白くて、その場で座って読んだ後に、家に飛んで帰って弟たちに見せていたら、その途端、ぬっと上から手が伸びてきて、母親が「どうしたのこれ?」って。「今道端で拾ったんだよ、僕んだよって」と言ったら血相が変わってですね。目の前でバリっと破って七輪の火の中にいれられました。
(会場笑)
「あーっ」と言っている間に燃されてしまった。そしてその絵が杉浦茂に似てるなと思ってました。

 そのときから杉浦茂なんですか!

 当時は、その絵を初めて見たんですよ。その後『コロッケ五えんのすけ』とか『アップルジャム君』とか面白いマンガをたくさん描き出したときに、杉浦茂の絵が懐かしいなとは思っていたんです。
それで杉浦茂のことを研究している渡邉輝也さんが調べてくれて、つい一月前に、杉浦茂さんの『アラビアンナイト』というのがわかった。
たった22ページの小さな本で、何かの付録だったんだと思うんだけど、残ってないんだろうと思う。それっきり見てないんですよ。一度は再会したいと思ってますけど、見つからない。

 杉浦茂といえば、こちらを御覧ください。
こちらはちば先生の初期の作品です。恐らく先生が高校生のときだと思います。この顔は杉浦茂にそっくりです。

(会場笑)

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史


 本当だ。私覚えてないよ。ほんとほんと、杉浦茂さんですねこれ。

 ということでちばてつや先生の原点は杉浦茂であったと。そういう意味では私も同じですが。

 何を読まれました?

 私は『アップルジャム君』の次の時代で、『猿飛佐助』とかですね。


ちば先生の生活を描くコマ 〜コマ稼ぎではないんです〜

 次は『リナ』の話です。

 『リナ』というのはデビューされてしばらく経った頃に少女クラブに連載されていました。

 ここでその主人公がぽんって先生になぐられて「て」って言うんですけどね。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
(会場笑)

 「いてー」じゃなくて「て」っていうね。

 「て」なんです。

 それは杉浦茂の。

 指をこうしてね。よしなよって。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 リナで杉浦茂風がたくさんでてきます。

 本当だ。随分私のDNAに組み込まれているね。

 このお兄ちゃんがリナに座布団投げ捨てられてやはり「て」って言うんですよね(笑)。これは後のちば先生のマンガだと「ぶ」になりますよね。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 こんなのを発見しては喜んでいます。私がやっていることはこういうことです。
(会場笑)

 みなもと先生は、マンガ家さんのルーツにご興味があって、どういう影響を受けてマンガを発展させたのか、色々と考えていらっしゃるんですよね。

 ちば先生の場合それが非常にわかりづらいということがあったので、ここのところずっと悩んでおりましたんですが。

 今日一つ確認できましたね。

 ちば先生といえば、生活の中の時間経過を、丁寧に描く技法が印象に残っていますが、『1・2・3と4・5・ロク』の中で、四郎くんがお洋服を脱いできちんと畳んで、パジャマを着てしゃがんで、やっとこのトクちゃんという子が置いていった紙飛行機で遊んでいます。
トクちゃんと別れた後の寂しさを出すために10コマ使われている。こういうのがたくさんありますね。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 終わりの方でもお豆腐を買いに四郎くんが行くところで、10コマか20コマか使われています。そのときに編集さんにページを取りすぎだから描きなおせと言われたが、間に合わなかったという話を聞きました。本当ですか?

 本当です。いろいろ背景があってね。怒られたのが、手塚治さんや横山さんの担当をされていた名編集長といわれた丸山昭さんです。少年マンガはとても展開が早くて、次々に事件が起こるような作品を担当していたんですね。少年マンガだと、例えば3、4ページで火星に行って帰ってくるような話を描いているのに、ちばさんは2ページかけてなんにも話が進んでないって怒られたんですよ。
(会場笑)

 丸山昭さんが少女クラブの編集長に変わってから、恐らく私の作品を初めて見たんだと思います。

 コマ稼ぎだと言うんでしょ。

 でも、私の編集担当のアライさんが、「いやいやこの人はこういうペースで、気持ちを一生懸命表そうとしているから」と言ってかばってくれたんですね。

 助け舟だしてくれる人がいたんですか。

 それでも丸山さんの指示で描き変えになりましたが、幸いなことに私がすごく仕事が遅くて、2、3週間かかりますって言ったら、「しょうがない」と載せた経緯があります。だけど後で、丸山さんが私の作品を以前のものから読んでくれて、私のペースと、それなりの味をわかってくれたんで、ごめんねとは言ってくれました(笑)。

 そうなんですか。よかった。

 しかも少女クラブが1年後に休刊になるので、私が仕事をなめていると勘違いされたという話は丸山さんご本人から聞きました。

 『1・2・3と4・5・ロク』が少女クラブ休刊で最終回を迎えますが、私の目から見ると、終わりをはしょったという印象はないのですが、ちば先生ははしょったとおっしゃっています。そこのところはいかがでしょうか?

 このマンガはホームドラマで、子どものひとりひとりの人生観や成長ぶりを色んなエピソードとして出していたんですね。私としてはもうちょっとエピソードを入れるつもりでしたが、休刊になってしまったのでやむなく終わらせたという経緯があります。

 そして新しく少女フレンドに描かれたのが、『ユキの太陽』ですね。

 そうですね。


警察に通報された!? 〜力石が死ぬまでのはなし〜


 『1・2・3と4・5・ロク』はそれまでの2作『ユカをよぶ海』『リナ』のような事件性はありませんが、存在感があって一番リアルな話だったと思います。
そして淡々としているようだけれども、突然お母さんが理由もなく死にます。他の少女マンガだったら肺病を患ったりそれなりの理由があって死にますが、現実はそんなことないですよね。ある日突然ふっと脳溢血かなんかで一番大事な身内がこの世から消えることがあるんだということが、初めてマンガの中に出てきた。そこには本当に驚きました。

 やはりそれは戦後の満州からの引き揚げの体験があると思いますね。さっきまで一緒に遊んでた子が、ごはんの時間になったら突然動かないんですよ。外を見たらお母さんが泣いているんです。「もう死んだのよ」って。それで人間って簡単に死んでしまうんだと。お年寄りや体の弱った人たちは船に乗った途端に随分たくさん死んでいきましたよ。2、3体死体が出ると敷布でくるんで船の後ろから海に落とすんです。それがしばらく浮いていて、それを見て母親や家族がわんわん泣くんですよ。そして遺体が浮いている周りを汽笛を鳴らしながらゆっくり三周するんですね。それを何度かやりましたね。だからそれくらい簡単に人間って死ぬんだなっていうのがあって、あしたのジョーでも力石殺しちゃったりなんかしてね。
(会場笑)

 なんで人気がある力石を殺すのって言われましたが、人間って簡単に死ぬんだよってことがどこかにあるんですね。私も毎日思ってます。また元気で目が覚めた。一日持つか、なんて。

 編集の方から反対されても、死を表現したいという気持ちはおありになったんですか?

 なんでしょうかね。描いていると死相が出て来る。このキャラクターは間もなく死ぬなと思ってしまうんですよ。これは助からないな、助けたいけど駄目だなって思ってしまうんですよね。

 (笑)。

 作画しながらですか?

 作画しながらですよ。『あしたのジョー』の人気がちょうど出てきて、アニメーションになるというときだったので大反対をされました。しかしそのときはもう私の頭は決まっていたし、梶原一騎さんと何度も話していたので。なんとか助ける方法はないかっていろいろ話しはしたんですけど。
(会場笑)

 そんな話を飲みながらしているときに、周りのお客さんがびっくりして警察に通報したというエピソードを聞いたことがあります。
(会場笑)

 そうそう。編集さんも含めてみんな本当に深刻な顔をして、「なんとか助けられる方法はないか」、「殺したほうがいい」という話だからねぇ、通報されちゃったんですよ。

 あれは嘘じゃなくて、本当にされたんですね。

 ほんとにされてたみたい。お店は地下でしたがピーポーピーポー聞こえましたから。それで慌ててバーテンダーさんが飛び出していって、勘違いでしたっていうのは後から聞きました(笑)。

 はぁ~、現実にそこまでいったんですか。あれは面白くするための半分フィクションだと思ってました。

 面白いですか(笑)。

 大いに面白いです。その後の力石のお葬式もマンガ史上唯一じゃないですか? キャラクターが死んで現実にお葬式をやったというのは。

 そうかもしれないね。

 ジョーの顔、特にラストの頃の顔はあのときだから描けたのであって、後で描いてもジョーの顔にならない、ということを聞いたことがありますが、いかがですか?

 ジョーに限らず、他のキャラクターも似た絵は描けると思うけど、あのときの絵は描けないと思いますね。ましてやジョーや力石の場合は私の本当の画風ではなくて、梶原さんの重く、大人びたお話に合わせて、リアルに描いていました。ジョーの野性的な目を今描けといわれても難しいです。優しい目になってしまう。

 だから『おれは鉄平』で最初の頃は、すごくリアルだった絵が、進むにつれて等身が小さく、かわいいちば先生の絵に戻っていくという。

 そうですね。

 いつもそうですね(笑)。
(会場笑)

 私は描いたものを見ると、描き直したくなってしまうので、ゲラなどはできるだけ見ません。コスチュームの確認で見ることはありますが、通して読むと、このコマを大きくしとけばとか、1コマ増やしとけばっていじりだすと、手に負えないんです。

 リナちゃんは最初4、5等身あったのが3等身くらいになってますし、石田国松は最初は6等身7等身くらいあったのが、3等身か、2等身くらいに小さくなっていく。

 2等身はないでしょう(笑)。

 ないですね(笑)。でも3等身くらいにはなってます。

 描いていると情が移ってきて、家族や友達関係とか、キャラクターのいろんなことがわかってきて、こいつ良いとこあるなって、可愛くなってくるんですよね。

 すると、小さくなる。

 いつの間にか変えているんでしょうね。意識しているわけじゃないんですよ。

 『ハリスの旋風』では石田国松と番長が戦い出して、最後には番長がぐっと握るとここに石田国松の顔が(笑)。その後ずいぶん踏襲されてほうぼうのマンガに出てくる「巨大番長」というのは、『ハリスの旋風』に出てくるのが、恐らくマンガ史上において最初ではなかろうかと思います。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 いやー恥ずかしいね。

 とにかくあの時代は、『ハリスの旋風』が学ランものの基本になります。本宮ひろ志であろうが、学生服を着て喧嘩するものは、一つ残らず先生の描いた学生服と学校の窓ガラスを踏襲してます。それを違うものにするのは、池上遼一の『男組』からですか。それ以前は全部ちばてつや風学生服です。池上遼一も最初はちばてつや風からなので、ちばてつや風をやらなかった人はいないんですけどね。

 でも学生服って誰が描いても同じじゃない?
(会場笑)

 ここに線をいれて間に白線が入るというやり方ですね。あの描き方は『男一匹ガキ大将』からなにから全部一緒です。

 『男組』も宮下あきらさんも、巨大番長出てきますよね。

 だからもうあれはあきらかにちばてつや節の。

 へえそうですか。


パクりました。今ここでお詫びします。

 ちば先生のもう一つの特徴として、同じコマがずっと続きます。これは『ユカをよぶ海』のラストシーンです。これまでの大変な苦難を乗り越えてやっと娘と暮らせる日がやってきた。だけど私の命はもう長くなくて……という8コマです。まだコピー機のない時代にこれをしなくてはいけないので大変なのです。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 これはどういう意図がありますか?

 やはり人の死ですけども、引き揚げの話で、人間ほっとすると途切れるんですよ。先程話した船で人々が死んだのもそうです。この船に乗ったら、もう中国人から追っかけられたり、石ぶつけられたりすることない。もうこれで日本に帰れるっていった途端にみんなホッとして、笑いながら事切れることがあるんですね。それがやはりあるんじゃないでしょうか。

 なるほど。次のページを死んでしまったのか? という思いでめくると、流れ星が飛んで、主人公がそれを見て振り返るとお父さんが気持ち良さそうに寝ているので、ちょっと毛布をかけてあげるというコマです。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史

 ユカは、お父さんは寝てしまった、と思っているんですね?

 はい。それで最後のラストがボーンとロングになって、二人の今暮らしてる家が描かれています。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 じゃあ主人公は最後までお父さんが亡くなったことに気が付かなかったんだ。
 そうですそうです。
(会場笑)

 読者だけが死ぬということを知っているという。

 私はこのラストを立ち読みして涙ボロボロでございますよ。これをいつかパクろうとおもって10年程後に『レ・ミゼラブル』というマンガで似たことをするのです。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 『レ・ミゼラブル』でジャンバルジャンが死んでいるのを寝ていると思っていて、良い知らせをみんなで伝えるという。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 ラストは全く『ユカをよぶ海』をそのままパクらせていただきました(笑)。

ちばてつや みなもと太郎 マンガの歴史
 ありがとうございます。

 そういうことがございますので、今お詫びいたしますが、という経緯です。
(会場笑)

 先ほどの『ユカをよぶ海』のラストは、ネームを決めてからお描きになったんですか?

 もちろんネームを最後まできって、これをラストシーンにしようと思ってやりました。

 では、ネームを切るときにアイディアが出てくるんですか?

 最後にどういうラストシーンにしようか随分悩みましたけど、本当は子どもが読むものなので、皆ニコニコ笑って、「幸せになってよかったね」としたいと思っているんです。しかし終戦の記憶の中で、簡単に命を落とすのを見ていて、そんなに人間って幸せに終わることはないよ、というのが心のどこかにあったんでしょうね。奇をてらうつもりはないんですけどね。

 わかります。

 マンガを読んで元気になりたい、勇気を持ちたい。こんな主人公のように明日はがんばるぞというマンガを描きたいとは基本的には思うんですよ。

 

前編はここまでです。いかがでしたでしょうか?

中編はこちらから↓

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中編では梶原一騎先生の話も登場! コマわりの話など、みなもと先生にしかできない質問が盛りだくさんです!

 

後編はこちらから↓

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岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

 

 

投稿者 大塚芙美恵