岩崎書店のブログ

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聞かせ屋。けいたろうに【聞かされてみた!】 <前編>聞かせ屋。誕生秘話

ここは東京都千代田区・神保町にある、こどもの本専門店&カフェ「Book House Cafe」。

「こんにちは~」

店内に響く、親しみやすいけれど、はっきりと芯の通った声。

今日は絵本のよみきかせ。

 

・・・そのはずが・・・

 

「ピッ! ピッ! ピーッ!」

あれ? これは笛の音!?

 

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Book House Cafeのよみきかせイベント冒頭にて

「ジャラララ~ン♪」

ついには、ウクレレの演奏まで始まってしまった。

 

「むぅすぅんで~、ひぃらぁいぃて~」

おっと、上手な歌声。

引き続いて店内には、童謡「幸せなら手をたたこう」が鳴り響き、子どもたちと後ろに座っているおとなたちも、いつの間にか一体化した。

 

まるでミュージシャンのような登場、そして流れるような進行だ。

 

今日、絵本のよみきかせをしてくださっているのは、その中心にいる「聞かせ屋。けいたろう」さん。

 

みなさんは、よみきかせをしたことがあるだろうか? たぶん、よみきかせをしてもらって大きくなったという方も多いことだろう。

 

お子さんをお持ちの方からは「今まさにその最中なのです!」という声も挙がるかもしれない。

よみきかせ、といえばご存じない方はほとんどいないであろう、当世きっての絵本“聞かせ屋”のけいたろうさん。今回は、けいたろう誕生秘話、絵本との向き合い方、絵本のよみきかせのワンポイントアドバイスを伺った。

 

絵本のよみきかせを、なぜはじめたのか?

 

よみきかせが終わって、余韻が残る店内。その奥でけいたろうさんにインタビューをさせていただいた。

 

──よみきかせを初めて生で拝見し、驚かされたのが導入です。歌を歌ったり、呼びかけをして返事を求めたりするなど、場を暖めるのにすごく気をつけているように見えました。

ただ読めばいいということではなく、そこにいたるまでの場作りや人間関係など、保育の場でも「導入」は大事とされているんです。

いきなりその場に入ってもまだ準備ができていない子どもたちがいるので、「幸せなら手をたたこう」の歌などで場をつくっていったりします。他にも「こんにちは」とこちらから言って「こんにちは」で返してもらったり、「何歳??」と聞くのは自分の中でのキラー(ワード)ですね(笑)

 

──いつも決まった「型」があるのですね。

そうですね。そのやりとりから、今日読む本を決めていこうと考えています。その場での反応によって…反応が弱い場合は導入的な要素の強い本を選んだり、盛り上がりすぎると思った場合は、あえて静かな絵本にいくときもあれば、盛り上がりをそのまま問いかけ系の絵本につなげてエネルギーを発散してもらったりということもあります。それで2冊目の本につなげていったりすることもあります。

 

冒頭から、とても緻密かつ引き出しの多さに圧倒されてしまった。

 

──今日のお客さんはいかがでしたか?

僕のよみきかせに参加するのが初めてではない子もいていい具合でしたし、お母さんたちもすごく楽しんでくれていたので、雰囲気がよかったと思います。

 

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唄って、動いて、会場のボルテージはどんどんあがる!

 

──今日の会場は前にお子さんがいて、後ろに保護者の方が座れる場所がありました。この場合はどちらに合わせるのでしょうか?

もちろん子どもに合わせはするのですが、後ろにいるお母さんたちも大事じゃないですか。お母さんたちが絵本は楽しいと思ってくれれば、家でのよみきかせにもつながってくるので、お母さんたちは意識しますね。

だから僕は、「おとなも楽しめる絵本」が路上から始まったよさだと思うので、「自分が楽しめる絵本=おとなが楽しめる絵本=親が楽しめる絵本」だと思っています。

 

やるなら路上だな、と

 

──路上でよみきかせというお話が出ました。わたしたちはよみきかせというと、児童館などの屋内で行うのが定番だと思っていたのですが、あえて路上で始めたというきっかけがあればお聞きしたいです。

保育の短大に通っているときに、授業で毎回よみきかせをしてくれる先生がいて、おもしろいと思いました。

同時に、「おとななのに絵本を読んでもらって、おもしろいと感じるのはなぜだろう?」とも感じました。社会的にみても、これはおもしろいことだろうと思い、路上でのよみきかせをチャレンジとしてやってみたんです。

理由は、本好きの人に図書館で本を読むようなことではなく、絵本を読んでもらうはずではなかった人にこそやってみたかったからです。

そう考えると「不特定多数の人が流れていく路上で、会うはずではなかった絵本に出会う」という意外性がおもしろく、場所としてふさわしいのではないかと思いました。僕はストリートミュージシャンも前にやっていたので、その流れでやるなら路上だな、と決意が固まりました。

 

──えぇ!?そうなんですか。となると、路上でやることをハードルとは感じませんね!慣れた場、いわばホームでよみきかせをやってみようという試みでしょうか。

そうです。ギターを絵本に持ち替えただけ、という感じではありますね。場所の選び方は知っていたし、ひとまずの度胸も声量もあったし。僕が路上を選んだのは自然でした。あと、イメージとしては、完全に紙芝居屋さんですよ。

 

──今では紙芝居屋さんはほとんど見かけなくなりましたが、紙芝居全盛の時代なんて、それこそ不特定多数の子どもたちが足を止めることに成功していたように思えます。

僕は紙芝居=路上と考え、ストリートミュージシャンをやっていた経験があったから、すぐに外に出ることができました。夜の路上を選んだのはおとなに向けてやりたいという意識があったからじゃなかったかな。

あとは、もうひとつあります。

路上に出る前に図書館で紙芝居を借りようとしたのですが、どれを選ぼうか表と裏を見ると時間はかかるし、紙芝居の台を借りるのも大変そうだしということで絵本コーナーにいったのです。すると、短大で僕に絵本を読んでくれた先生の選んだ名作絵本が並んでいたんです。「あ、これも知ってる、あれも知ってる!」ということになったので、それならば紙芝居屋さんではなく、今日は路上で(紙芝居ではなく)絵本でやってみよう、というくらいのものでした。

 

──では、その時はずっとそのスタイルでいくかはわからなかったのですか?

ダメだったらダメだし、いけそうならどこを変えていけばいいのかも含めて、まずやってみないとわからない。

そもそもは、ある日、友人とご飯を食べた後、すぐにデパートの下でやってみたのがはじまりでした。

 

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10年以上も前のことを鮮明に覚えていらっしゃる、けいたろうさん

 

聞かせ屋。誕生前夜の決意

 

──保育士から転身されたという話がありました。よみきかせをするということでは環境が近いと思います。路上のよみきかせをなさっていたのは学生時代ということですが、保育士になってからもよみかせを並行していたのでしょうか?

路上のよみきかせを始めたのが2006年の10月、そして半年後の2007年の3月に短大を卒業しました。生活のことを考えて公立の保育園を狙っていたのですが落ちてしまって…。再度受験をする1年後までは、受験勉強やアルバイトをしながら、路上で聞かせ屋としての活動をしようと思っていました。

クリスマスに路上のよみきかせをやっていたときに、塾とカフェと料理屋さんで計3本よみきかせをやらせてもらっていたんですよ。それで手ごたえを感じて、聞かせ屋の活動は可能性があるんじゃないかと思いました。

ところが、公立の保育園から、欠員が出たので繰上げで合格です、といわれて…。

「えぇぇぇ!ちょっと待ってください」となったんです。

 

──一度頭の整理をする時間が必要だったのですね?

はい。しかも結論を出すまで1日半しかなく、その間に友人に電話したり短大の先生に会いに行ったりして、電話をもらったその日のうちに「やっぱり聞かせ屋をやりたい」ということになりました。

そして、次の日にまた電話をもらったときに「すみません、決まっていた保育園がありましたので」と嘘をついて電話を切ったのです。それで、保育士の話を蹴ったからにはやらなきゃならないなということになって。

 

──より厳しい環境に身をおくことになったのでは?

そうです。これは1年限定ではなくなったな、保育士に受かったのに蹴ってよみきかせをやるなんて、自分でもわけわかんないな、と。来年受験する意味がなくなったので、こちらの世界で大成するしかないなと思いました。

でも、親の説得が一番大変でした。電話がかかってきたときは話を濁して、次の日の朝に腹を決めて母に言いました。

すると、ちょうど会社に出掛けようとしている母から「あんたいい加減にしなさい、行きたいと言っていた公立に受かったんでしょ。若くないんだから、夢みたいなこと考えないで現実を考えなさい」と言われました。

これはマズいと思ったので、寝巻きの上にジャンパーを着て母を会社まで追いかけ、「歌手になりたいとかそういう話ではなくて、保育につながることだと思うし、絵本に携わることは仕事になると思うからやらせてほしい」と訴えました。

「あんたどこまでついてくるのよ」と言われましたが、満員電車の中でもずっと説得していましたね(笑)。短大のときに、おとなでもよみきかせが心に響くことがあったということも、延々と話したのです。

 

──決して自分が行きたい方向が反対方向じゃないということですよね。

そうそう。ついには会社の最寄り駅まで一緒についてきたところで「会社の人に変な目でみられるから、もう帰って」と、母は折れました。

「じゃあ自分で決めていいんだね」、「決めていいから好きにしなさい」、「よし」、ということで聞かせ屋としての道を進むことにしたのです。

でも、自分の腹積もりを決めるにあたってバイト先の店長にも相談したり、自分がやりたいという気持ちを確認したりしましたね。

それからもう12年ですね。駆け出しの話がすごく長くなっちゃったけど(笑)

 

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──聞かせ屋。といいますか、保育士を志望していたところからの波乱万丈な巡り合わせがあったのですね。そのご経験はある意味で“イノベーション”と見受けられます。

そんなことがあったのですが、とはいえ4月から仕事が入るはずもなく、結局5月から保育の非常勤をやることになったんですよ。周りの方も協力してくださって。

短大の先生には一番反対されました。やるとなったら応援するからということでしたが、保育をやっている方はみんな反対でしたね。保育士として続けていくために、日々どれほど努力をしているか、という話も聞かされました。

また、親に黙ってやることは許さないといわれて、それもあって親にはちゃんと相談しました。親に黙って決めるということはしたくなかったので、きちんと話をしてよかったと思います。

 

想像以上に苦労をなさっている、けいたろうさん。

保育士を目指していた学生時代と、路上でストリートミュージシャンをしていた経験という、一見無関係に見える経歴が、ここにかっちりと組み合って「聞かせ屋。けいたろう」が誕生した。

 

次回は、聞かせ屋。としてのけいたろうさんの絵本との向き合い方、絵本のよみきかせのワンポイントアドバイスをお届けします。お楽しみに!

 

「聞かせ屋。けいたろう」さんのホームページはこちら 

 

よみきかせ&インタビューが行われた、神保町唯一のこどもの本専門店「Book House Cafe」のホームページはこちら

www.bookhousecafe.jp

 

投稿者:gimro

ストーリーよりも熱い!? ミュージカル「甲子園だけが高校野球ではない」の舞台裏

こんにちは。岩崎書店管理人大塚です。

前回は、学校法人滋慶学園の 東京放送芸術&映画・俳優専門学校東京アニメ・声優専門学校にお邪魔して専門学校の人材教育についてお聞きしました。

 

そして今回は放送芸術学園専門学校大阪アニメーションスクール専門学校のミュージカル「甲子園だけが高校野球ではない」をレポートします。

 

こちらの演目は 弊社CEO岩崎夏海の著書『甲子園だけが高校野球ではない(廣済堂出版 )』が原作となっています。

高校球児やその家族、マネージャー、監督などの、実際におきた感動短編物語が、オムニバス形式で収録されている本で、ミュージカルではそれぞれのエピソードを1チームに抱えるという形で表現されています。

 

6年前から1年に1度、放送芸術学園専門学校、大阪アニメーションスクール専門学校の在校生が大阪で公演をしてきましたが、今回特別に米子東ロータリークラブの創立50周年記念事業の場で出張公演されました。(3月24日(土)、鳥取県米子コンベンションセンターにて公演)

 

そして今回で最終公演ということで、その舞台裏をレポートします。 

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル滋慶学園グループの放送芸術学園専門学校と、大阪アニメーションスクール専門学校の在校生と卒業生が出演しています。

 

放送芸術学院専門学校公式HP

学校紹介|放送芸術学院専門学校 BAC(放芸)

大阪アニメーションスクール専門学校公式HP

学校紹介|大阪アニメーションスクール専門学校 OAS(アニスク)

米子東ロータリークラブ公式HP

米子東ロータリークラブ公式サイト - トップページ

 

 

甲子園のような熱い舞台裏

 

舞台演出を行っている竹田様、米子東ロータリークラブの松浦様、滋慶学園の中川様、にお話を伺いました。

 

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

(左)米子東ロータリークラブの松浦様(中央)舞台演出の竹田様(右)滋慶学園の中川様 

 

── 演出で心がけていたことはありますか?

竹田さま(以下 竹) 学生たちが全力プレイをしているところを、お客様に観ていただこうと思っています。素人の学生たちが、このミュージカルに全力で取り組んでいる姿は、高校球児たちが野球に取り組む姿と重ね合わせられるんですね。そういった意味でもお客様に感動していただけるはずだと思いました。

 

── 経験の浅い学生さんたちと舞台を作り上げていく中で苦労はありますか?

 プロの方たちとの仕事は、一本のミュージカルを15日程でつくります。しかし学生のみなさんとつくるときは、半年かけてじっくりつくります。お金や時間関係なく、無償の愛で舞台に取り組めるのは、学生の期間だけです。プロ野球よりも高校野球の方が感動するという人がいるように、アマチュアがプロを超える瞬間というものがこのミュージカルにもあると思います。

 

──  他に何か工夫されていることはありますか?

 イーチワンというスタイルをとっていて、全員に見せ場があります。台詞があるとないとで頑張り方が変わるんですよね。全員が一生懸命取り組んでくれる方を優先しています。

 

──  チームとして各人がどう働くかという、まさに野球監督の目線ですね。

 そうなんです。ミュージカルをつくるときも野球をするように、それぞれ役割があります。ひとりひとりの技術をとったら当然プロには追いつかない。しかし皆の全力プレーをお客様はみたいんだと。全力で取り組んだら、お客様の心へ必ず響くと思っています。

 

── 役を演じているのは、どういったコースの学生さんたちですか?

中川さま(以下 中) 俳優コース、ダンスボーカル、お笑いDJ&アナウンスそれから音響照明などといったスタッフですね。今回の公演は卒業生も出演しています。

 人生で踊るのが初めてといった学生ばかりです。このミュージカルは、僕は自分でかっこよく、和製ロック・ミュージカルといっていますが、台詞の言葉だけでは伝えられない情熱を、ダンスで伝える、ダンスだけでは伝わらない思いは歌で伝えるということを行っています。

 

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル

 

 

 

米子のこどもたちに熱意を感じてもらいたい

──  今回米子東ロータリークラブさんは、なぜこのミュージカルを米子に呼びましたか?

松浦さま(以下 松) 2016年の秋に偶然大阪でこの公演を観ました。内容もさることながら、学生さんが素直に一生懸命取り組んでいる姿に感銘して、自分の子どもや地域の子どもたちにも見せたいという気持ちが湧いてきました。

そのようなときに、米子東ロータリークラブの創立50周年記念事業の担当になり、地域に何か還元したいと考えたときに、こちらのミュージカルを思い出しました。地域活性のために未来につなぐことをしたいという思いがあり、これからの世代の人たちに、このミュージカルを通じて、若い人たちの熱意を感じてもらいたかったんです。

 

 ── 米子東ロータリークラブは普段どういった活動をされていますか?

 地元の貢献活動を行っています。ボランティアで掃除や、地元の高校生のインターアクトクラブの支援などを行っています

 

── 今回の創立50周年記念事業の目的は?

 どもたちに、自分に自信を持つことや、目標に向かってまっすぐ進んでいく大切さ、これからの将来を逞しく生きていく力を育んでもらえればと思います。今までの50周年積み重ねてきたみなさんに対する恩返しで無料のイベントとなっています。

 

 

舞台裏 もう一つの物語

 

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

 

 実はこのミュージカルはオーディション制なので、学生なら誰でも出演できるわけではないんですね。黒瀬くんという学生は、オーディションに落ちてしまいましたが、どうしても出演したくて稽古場に見学にきました。その熱意をかって、今日のラストシーンに急遽参加することになりました。

 

 黒瀬さんにもお話を伺いました!

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

── いつからこちらのミュージカルに出演したいと思っていましたか?

黒瀬さま(以下 黒) 入学式のときのオリエンテーションを観てからです。出演したいと思いオーディションを受けましたが落ちてしまいました。

 

── そういった中で稽古場に見学に行くことは凄い勇気だと思いました。なぜ見学にいきましたか?

 来年絶対に出たいと思い、稽古の雰囲気を勉強したいと、飛び込みでレッスン場にいきました。

竹 すごい情熱を感じましたね。またタイミングがよくてその日の稽古で偶然欠席者が出たんですよ。だから代役をやってもらって。

 はい。びっくりしましたね。でもこのチャンスを活かせば来年の出演に近づけるのではないかと思いました。

 それで後日、今年度でこの演目が最後ということを聞いたんですよね。

 はい。とてもショックでした。

 

── なぜそこまで、このミュージカルの出演を希望していますか?

 もともと舞台に出ることが夢で、オーディションに落ちたときもショックでしたが、少し納得していた部分もありました。しかしゲネプロを見させてもらったときに、なんで自分は舞台に立てなかったんだろうと、とても悔しい思いをして、次回は絶対に出たいという気持ちで過ごしていました。

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

── では、今回出演をしないかと言われたときは、どういう気持ちでした?

 本番の約10日前に聞いて、最初はとても驚き、同時にすごく嬉しかったです。しかしオーディションに受かっていない自分が、最後の舞台に出させてもらっていいのだろうかというのはずっと感じてました。出演が決まって、メンバーのみなさんも暖かく迎えてくれて本当に感謝しています。

 

── では10日間でダンスと歌を覚えたんですね。すごいです。本番前のお気持ちは?

 最後の舞台なのでみんなの邪魔にはなりたくないですし、本来はオーディションを勝ち抜いて役をもらいたいと思っていて、それは叶わなかったんですが、せっかく竹田先生から出演させてもらうチャンスを与えられたので、この機会は絶対に無駄にはしないと思っています。

 

いざ!ミュージカル鑑賞へ

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ

放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校 甲子園だけが高校野球ではない ミュージカル 米子東ロータリークラブ


感動的なストーリーもさることながら、演出の竹田先生が仰っていた、学生ならではのこの舞台にかける熱い想いというものが伝わってきて、目頭があつくなりました。

歌とダンスもプロにも顔負けの気迫を感じ、すっかり元気をもらいました。

「甲子園だけが高校野球ではない」は今回が最終公演となりましたが、滋慶学園さんのミュージカル公演は続きます。

-明日への扉-骨髄移植推進キャンペーンミュージカル

是非足を運んでみてください。

 

 

放送芸術学院専門学校公式HP

テレビ・映像制作・ゲーム・俳優の学校 放送芸術学院専門学校 BAC(放芸)

大阪アニメーションスクール専門学校公式HP

アニメ・声優・コミックの学校 大阪アニメーションスクール専門学校 OAS(アニスク)

米子東ロータリークラブ公式HP

米子東ロータリークラブ公式サイト - トップページ

 

 

『甲子園だけが高校野球ではない』最新刊も公表発売中です。

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 投稿者:大塚芙美恵

 

求められる人材を生み出す 専門学校の今を聞いてみた

岩崎書店ブログ管理人の大塚です。

いきなりですが、みなさんは、eスポーツをご存じですか?

「エレクトロニック・スポーツ」の略で、主にコンピューターゲームを使って対戦するゲーム競技のことを指します。

調査会社「Newzoo」によると、世界のeスポーツ市場が2018年に9億500万ドル(約970億円)に達すると試算されており、競技者である世界のトップクラスのプロゲーマーは、なんと、年収1億円以上という人も!

そんな大注目のeスポーツが学べるコースを日本で初めて採用したのが、学校法人滋慶学園です。 

 

世の中の移り変わりが激しい昨今、急成長する市場に伴い、新しい仕事も増加しています。そのような新しい仕事に対応し、求められる人材をいち早く生み出す場所である専門学校。

世の中に求められる人材をどうやって育成しているのか、学校法人滋慶学園のみなさまに、弊社CEO岩崎夏海が話をきいてきました。

 

www.anime.ac.jp

www.movie.ac.jp

 

 学校法人滋慶学園さんが運営する、 東京放送芸術&映画・俳優専門学校東京アニメ・声優専門学校にお邪魔して、お話を伺いました。

(左から)滋慶学園COMグループ中川様、学校法人 滋慶学園香川さま、内海さま、久野さま

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 店のブログ
 

専門学校は常に新規開拓が必要です

岩崎夏海(以下 岩 2020年に大学入試改革が行われるなど、日本の教育は変わろうとしています。そういった中で滋慶学園さんは、専門学校として、仕事に直結するスキルの教育をされているという印象がありますが、いかがですか?

中川さま(以下 中) 大学は学問を学ぶところですが、専門学校は仕事をするうえで、より実務的なスキルを身に着けるという位置づけです。以前までの、大学、短大、専門学校という順列をつける考え方とは大きく変わって、それぞれで学校の役割が違うという認識を皆さん持っています。

 そういった中で、滋慶学園グループが最初に設立されたのは歯科技工士養成校でした。しかし現在は、エンターテイメントの分野や、スポーツ、製菓、福祉、動物など時代の変化に対応して、新しいコースが次々と生まれています。

 そうですね。例えば東京アニメ・声優専門学校では、新しいコースとして、eスポーツのコースが設立され、また、ドローンの授業が来年から行われるなど新しい取り組みを行っています。 

 なるほど。

 専門学校は、社会の変化に合わせて、世の中が必要とされる人材をつくっていかなくてはなりません。時代が求めている人材を我々が率先して育てると いうことが目標です。

 それは常に新規開発しているということですね。

 そうですね。常にアンテナをはっています。東京アニメ・声優専門学校では、3年前から eスポーツのコースも始めました。

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 店のブログ

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログeスポーツコースの学生さんが、大学のゲームのリーグで優勝したときのメダル。世界大会への出場権を手に入れました。

珍しい!転校制度

 みなさんにとって仕事をするうえでの目標を聞かせてください。

 はい。入学してきた学生全員を専門職でデビューさせるというのが、我々の目標です。

 しかしそれでも、様々な事情で学校に来れなくなる学生さんもいますよね? そういった場合はどのような支援を行っていますか?

 プロのカウンセラーにお越しいただいて、心のケアをお願いしています。また、自分の学んでいるコースが、やりたいことではなくなってしまったということも当然出てくると思っていて、その場合はコースの変更も可能です。滋慶学園グループは全国に75校ありますが、その中で転校という形になります。一般的には、退学をして再試験をうけて、翌年再入学という流れが普通ですが、そうではなく滋慶学園グループの学校であれば、転入できます。幅広いジャンルを網羅しているため、どこかには自分の居場所があるのではないかという提案をさせていただいていますね。

 転校制度は珍しいですね。

久野さま(以下 久) また、教員全てがカウンセリングマインドを持つという心がけをしています。まずカウンセリングの研修をうけて、支援サポートを学んだ状態で、学生と関わっていきます。昔と今ではサポートをしていく部分が大きく変わってきているのが現状です。

 それは具体的にはどのように変わっていますか?

 以前は就職までの支援でしたが、現在は、学生一人一人の人生におけるキャリアサポートを行うことが重要です。生きる力を育むようにしています。

 「どうやって生きるか」というのが今のテーマになっているんですね。恐らくこれからの社会は、就いた職業がなくなるということも考えられます。例えば、税理士は通貨が電子化されたらいらなくなるとも言われていたり。職業がなくなったときどうするかといったことも教えていかなければならないかもしれませんね。

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 店のブログ

世界が注目するeスポーツ

 御校では、映像教育の分野にも力をいれていらっしゃると感じます。映像の市場に将来性をお感じですか?

内海さま(以下 内) はい。今はテレビや映画だけでなく、ネットの映像媒体が増えているので、映像制作に興味を持つ高校生が多くなっています。学生のアルバイト先も、以前は地上波が多かったですが、今はほぼネット配信局です。

 なるほど。eスポーツに関しては、プレイヤーだけではなくて、周辺のビジネスを目指されるコースもあり驚きました。

香川さま(以下 香) eスポーツのコースを設立した経緯を説明すると、ある会社から、eスポーツの実況と解説ができる声優さんを探していると依頼がきました。そこではじめて、eスポーツのキャスターという仕事があって、大会などのイベントが行われているいうことに気づきました。そこで「e-sports総合プロゲーマー専攻」「e-sportsイベント専攻」「e-sports宣伝・動画配信専攻」「e-sportsキャスター専攻」を設立しました。それぞれの専攻の学生たちがいれば大会ができるような状況になっています。

 それでいうと例えば、声優コースにいるけど、eスポーツのキャスターの勉強もしたいという希望がでてくるのではないでしょうか。

 はい。それはWメジャーカリキュラムというシステムといって、他のコースの授業もうけれるようなシステムがあります。

 20歳前後でやりたい仕事と、やれる仕事が一致することはなかなか難しいと思います。システムの中に学生をいれようとしているのではなくて、一人一人考え方も違うので、各人に対して可能性を提示することが、我々の仕事だと思います。職業教育を通して社会に貢献するという一つの大きなコンセプトの中行っています。

 なるほど。僕が大学を出るときは、仕事というものは確立した概念がありましたが、今仕事という概念が崩れつつあって、自分自身で人生をアレンジしないといけないんだよということを教えていかなければならないんですよね。 

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログPUBGというゲームの授業の様子

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログeスポーツの大会はこちらのスペースを使って開催されます

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ音響設備や、実況も学生さんたちが全て行います。

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ゲーマー用の椅子も完備。長時間座ることになるのでしっかり体をホールドする作りになっています。

 

 

驚かれる、ヨガの授業

 変わった授業はありますか?

 いつも驚かれるのは、eスポーツの授業の中にヨガがはいっていることです。集中力向上や、気持ちのリラックスというのを、自分のルーティーンの中でできるようになってほしいという思いがあります。

滋慶学園グループ  東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ

 確かにメンタルの部分も重要ですよね。ゲームの分野はグローバル化が避けられないと思いますが、英語のコミュニケーションの授業もありますか?

 はい。海外のチームとの試合を想定して、試合で使用する実践的な英会話の授業を行っています。そうなると英語が嫌いな学生もモチベーションをしっかり持てています。

 特にエンタメ業界は世界を市場にしないと、日本の人口減少問題もありますからね。そういった意味では学生さんたちも社会の変化についていかなくてはいけないので、大変だと思います。

 

さいごに

 仕事の楽しさが今の時代テーマだと思っていて、みなさんがこちらの学校で働く中で、何が魅力的なのか、楽しいところを教えていただければなと。

 もともと映画監督を目指していたこともあって、自分が考えているアイディアをカリキュラムなどで形にするということが楽しいですね。また、今まであまり接してこなかったeスポーツの分野という新しいチャレンジをさせてもらえるのが楽しいです。

 私は就職担当を行っていた時期がありまして、学生が育って、就職が決まり、御本人、保護者、業界の方や高校の先生からお礼を言われる。こんな嬉しい仕事はないなと思っています。

 学生が私の予想を超えていく瞬間というのが楽しくて、用意した授業の反応も実際に実施してみないとわからないものですし、毎日学生たちにエネルギーをもらって、一緒に授業を作り上げることが楽しいです。

 私は卒業生が活躍されている姿をみるのが嬉しいですね。また、札幌校を新設するなど新しいことにチャレンジできることです。

 

校内も見学させていただきました

東京放送芸術&映画・俳優専門学校、東京アニメ・声優専門学校の見学もさせてもらいました!

 

東京放送芸術&映画・俳優専門学校

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 店のブログ
こんなに大きな撮影スタジオも!こちらで実際に映画の撮影などを行っています。

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滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 岩崎書店のブログMACとWindowsも完備されています。

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 岩崎書店のブログCGやフィギュア造形などの学生さんたちは必ずデッサンの授業を受けるそうです

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 岩崎書店のブログ
美術、造形コースの方々の作品です。すごくリアルです。

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 岩崎書店のブログ
こちらは産学連携の課題で作られました。映画公開と同時に全国の映画館を行脚しようやく戻ってきたそうです。

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ

滋慶学園グループ 東京放送芸術&映画・俳優専門学校 岩崎書店のブログ
ミキサー機材や録音機も完備。企業の方々に貸すこともあるそうです。

f:id:iwasakishoten:20180610212106j:plainダンススタジオも複数完備。 俳優コースでは日本舞踊の授業があります。時代劇の需要も多いので、着付けの方法や、所作を身につけます。 

f:id:iwasakishoten:20180610213630j:plain こちらのセットはなんと美術造形コースの学生さんが作成しました!

 

東京アニメ・声優専門学校

 

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ入り口には大きな鳥居が。夢が叶うよう、祈ります。

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ多くの声優さんが来校されています。

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ入り口近くの廊下にはウィンドウが。アニメの台本など貴重な資料が並びます。

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ実際のアニメのラフも飾られていました 。

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ
アニメーションは手描きとデジタル両方を学ぶことができます。

 

滋慶学園グループ  東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログ文化祭などのイベント時の正装はコスプレ着とのこと。こちらのモデルも学生さんです。

滋慶学園グループ 東京アニメ・声優専門学校 岩崎書店のブログホールはイベントにもつかわれます。たくさんのマンガを保管。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回の記事は、放送芸術学院専門学校/大阪アニメーションスクール専門学校のミュージカル公演をレポートします。こちらも是非御覧ください。

 

投稿者:大塚芙美恵

手塚治虫の幻のマンガを発見! 神保町「夢野書店」の店長さんに会ってきた

本の街! といえば神保町。世界一の古書店街とも言われるこの街は、本離れと言われている今の時代でも賑わいをみせます。

 

つい先日も、東京・神保町の旧岩波ブックセンター跡地に「神保町ブックセンター with Iwanami Books 」がオープンしたばかり。老舗有名カレー屋さんも多く集まり、グルメの街としても注目されています。

 

夢野書店 神保町 古本屋 マンガ 岩崎書店のブログ

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しかし古本屋さんのイメージといえば、狭ーい通路にうず高く積まれた本、謎めいた雰囲気に入店を迷ってしまうことも

その独特な雰囲気が醍醐味でもあるのですが、初心者の方にとっては、安心して古本屋さんに入りたいという気持ちを持つ方もいるのではないでしょうか。

そこで今回は古本屋さんの謎を少し解いていこうと思います。

 

今回お話を伺ったのは、神保町駅から徒歩30秒、神田古書センターの2階に店舗を構える、夢野書店さん。「マンガ」、「雑誌」を主に扱う古本屋さんです。

店内には、うず高く積まれた本……ではなく、カラフルなグッズが飾られ、イメージしていた古本屋さんより、ずっと明るく楽しい雰囲気です!

『昭和の子どもが思い描いていた未来』を再現されたという店内は、隅々までレトロな世界観で満たされており、他では体験したことのない空間に感動しました。

 

夢野書店 神保町 古本屋 マンガ 岩崎書店のブログ昭和の子どもが思い描いていた未来を、再現しているという店内。少年時代に、マンガを通して夢をみた気持ちを大事にしていってほしいという西山さんの思いが込められています

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神保町A6出口より徒歩30秒 A1出口より徒歩1分。神田古書センターの2階です。

夢野書店

古いマンガ本、雑誌を主に取り扱う。

神保町で1979年から営業をしていた中野書店が閉店するにあたり、マンガコーナーを担当する西山さんがお店を引き継ぎ、2015年に夢野書店を開店。

場所は神保町駅A6出口より徒歩30秒。神田古書センターの2階です。

公式HP 合同会社夢野書店 | 夢野書店は、古書漫画を専門とする懐かしく温かいショップです。

ブログ http://nmanga.mangadou.net/

 

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追悼・ホーキング博士  佐藤勝彦さんに聞く、天才宇宙物理学者が最後まで追い続けた宇宙の謎

英国の理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士が、今年3月に76歳で亡くなりました。

アインシュタインに次ぐ、もっとも優れた宇宙物理学者であり、筋委縮性側索硬化症(ALS)と闘い続けてきた「車いすの天才物理学者」として、宇宙の魅力を一般の人々にも広める活動を精力的に行い、世界中から愛されたホーキング博士。宇宙や科学のおもしろさを子どもたちにも伝えたいと、晩年、初めての児童向け書籍として、娘のルーシーさんと共同執筆した「ホーキング博士のスペース・アドベンチャー」シリーズ(発行:岩崎書店)は、科学と物語がひとつになった壮大な宇宙冒険ファンタジーとして、小学生から大人まで、世界中で幅広い世代に読まれています。

今回は、生前にホーキング博士と親交があり、同シリーズ日本語版の監修をご担当いただいている宇宙物理学者の佐藤勝彦さんに、ホーキング博士の功績や交流のエピソードなどを伺いました。

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佐藤  勝彦 (さとうかつひこ)

宇宙物理学者。東京大学名誉教授、独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センター所長。専門は宇宙物理学・宇宙論。1981年に「インフレーション宇宙論」を提唱。著書に『相対性理論』『宇宙論入門』(岩波書店)、訳書に『ホーキング、未来を語る』(アーティストハウス)、『ホーキング、宇宙のすべてを語る』(ランダムハウス講談社)、『ホーキング、宇宙と人間を語る』(エクスナレジ)他多数。

 

ホーキング博士の偉大な業績

 

ホーキングさんと出会ってお話しするようになったのは、私が「インフレーション宇宙論」(※)を提唱したころからでしょうか? 1980年の前半だと思います

※インフレーション宇宙論・・・宇宙誕生の10-36秒後から10-34秒後という超短時間に、極小だった宇宙が急膨張し、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉になったと説明する理論。物価水準が急上昇する経済用語「インフレーション」にちなんで名づけられた。

ホーキングさんは、主にアインシュタインの一般相対性理論を用いて、宇宙の始まりや現象を解明する研究をなさっていました。彼の業績を挙げればきりがありませんが、1968年に発表した「ブラックホールの特異点定理」、1974年に発表した彼の最大の功績である「ブラックホール蒸発理論」、そして1983年に発表した「無境界仮説」など数々の独自の宇宙論で、現代の宇宙論に影響を与え続けました。

特異点定理とは、一般相対性理論に基づいて、宇宙は特異点から誕生したことを証明する理論です。特異点は、無限大に強力な重力が作用している点で、すべてが一点に集中してしまい、物理学の法則が破綻してしまっている点です。当時、多くの研究者は、宇宙が特異点で始まるということは、いわば神による宇宙の創生を認めるようなもので、きっと宇宙の始まりも物理学の法則できちんと記述できるはずに違いないと考え、一生懸命研究をしていました。彼はこの努力はまったくの無駄であることを証明してしまったので、学界に大きな衝撃を与えました。

さらに、「ブラックホールは熱を放出しており(ホーキング輻射)、最終的にブラックホールが蒸発する可能性がある」と指摘した「ブラックホールの蒸発理論」は、それまでの「ただひたすら周囲の物体を呑み込み、質量が増大していく」というブラックホール論を、根底から覆しました。

1983年には、宇宙には境界や端はないという、「無境界仮説」を提唱しました。特異点定理の証明に使われたのは、一般相対性理論のみでしたが、ここに量子論を加味することで、ホーキングさん曰く「果てのない条件から宇宙は生まれることができる」無境界仮説が成り立ったのです。

さらに、ここに私やアラン・グース氏が提唱したインフレーション理論が加わることで、「無境界仮説で宇宙が生まれ、インフレーションが起きて火の玉の宇宙になり、それが膨張し続けて、やがて星や銀河が生まれ、今日の多様な宇宙ができた」というホーキングさんの言葉通り、まさに宇宙創生のシナリオができたのです。

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フレンドリーで好奇心旺盛な人柄

 

──1988年に出版した『ホーキング、宇宙を語る』は、世界で一千万部を超えるベストセラーに。世界各地で宇宙論の講演活動を行い、何度か来日もされました。

インフレーション理論が出た頃から、東京大学での宇宙論の国際会議などに来日していただく機会も増え、安田講堂での一般市民向け講座でも、ホーキングさんに何度か講演をお願いしました。

学者の講演というのは、たいてい、通訳することも難しい専門用語のオンパレードです。このため、来場者の中には、おそらく「講演の内容はよくわからないけど、ホーキング博士の顔を見てみたい」という方も多かったと思います。しかし、ホーキングさんは実にお話が上手で、しかもフレンドリーな方です。科学の知識がない一般の聴衆のために、ジョークをうまく織り交ぜながら、宇宙論やご自身の半生などについて、楽しくお話してくださいました。

 

──ホーキング博士との交流の中で、印象に残ったエピソードはありますか。

ホーキングさんには、海外のシンポジウムなどでも何度かお会いしましたが、好奇心の塊のような方でしたね。たとえば、スウェーデンの山奥の湖を見学するツアーでは、ヘリコプターには車椅子を乗せられないので、看護師さんに抱きかかえてもらって乗り込みましたし、カナダのカルガリーでは、氷河を見学するために、音声合成装置を外してでも雪上車に乗られました。とにかく、興味のあることは、何でも積極的に挑戦するんだ、という気持ちの強さを感じました。

また、これはまったくの偶然なのですが、私の長男とホーキングさんの息子さんが、ケンブリッジのパブリックスクールで同級生だったのです。息子から聞いて驚きましたが、ホーキングさんとお会いしたときに、学校教育や成績表の話などで盛り上がりました。

 

宇宙は、謎に満ち溢れているから面白い

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「ホーキング博士のスペース・アドベンチャー」シリーズは現在①~Ⅱ-②まで刊行している。


──近年は、子ども向けの物語「ホーキング博士のスペース・アドベンチャー」シリーズの出版や、人類の未来に対して言及されることありました。未来を担う子どもたちへの特別な思いがあったのでしょうか。

昨年、私が最後にホーキングさんにお会いしたときは、精力的に講演を行い、若い人たちと一緒に、新しく面白い研究も進めていました。生涯を通じて、好奇心の赴くままに、新たな謎の解明に挑戦し続ける姿を見せてもらえたと思います。

ホーキングさんは、彼の人生やこの本のシリーズを通じて、「この世界や宇宙は、謎に満ち溢れているから面白いんだよ」ということを、若い人たちに伝えたかったのだと思います。子どもの頃は、わからないことがたくさんありますが、わからないことや、不思議に思う気持ちを大事にしてほしいと、私も常々思っています。疑問に思ったことは、先生や周りの大人にどんどん質問して、もし納得できなかったら、また質問すればいいのです。わからないことをそのままにせず、新しい知識を蓄えながら自分の力で解決し、謎をどんどん突き詰めて探求し続けることが、研究につながるのですから。

小学校だけでなく、中学校、高校、そして大学で勉強しても、まだまだ謎は残るでしょう。この世界の謎を解くことの喜びを、皆さんにも味わってほしいと思います。そして、ホーキングさんがこの本のシリーズで様々な科学の面白さを伝えてくれたように、皆さんには、宇宙はもちろん、宇宙以外の科学全般に対しても興味を持ってもらえることを願っています。

 

ホーキング博士のスペース・アドベンチャーシリーズ/岩崎書店

 

ホーキング博士のスペース・アドベンチャー(既5巻セット)

ホーキング博士のスペース・アドベンチャー(既5巻セット)

  • 作者: スティーヴン・ウィリアム・ホーキング,ルーシー・ホーキング
  • 出版社/メーカー: 岩崎書店
  • 発売日: 2018/03/01
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

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www.iwasakishoten.co.jp

 

投稿者:michelle

 

イノベーションてどうやるの? 株式会社横浜DeNAベイスターズの場合

こんにちは、岩崎書店イノベーション部の元吉です。

 

球春到来! プロ野球が開幕しました。

 

突然ですが、私は横浜DeNAベイスターズの大ファンです。

昨年は2年連続でCS進出。そして、日本シリーズにも進出しました。

残念ながら、日本一にはなれませんでしたが、今年は、先発左腕カルテット、ルーキーの活躍、若手の成長などなど、明るい材料が多いベイスターズ。

ファンとしては「今年こそは!」と、例年以上に期待を抱いてしまいます。

 

私が所属するイノベーション部は、このブログをはじめ、業界の常識にとらわれない新たな試みを模索しています。

当然、他社の取り組みには関心が高く、過去のブログでもいくつかご紹介させていただきました。

 

他社の取り組みを紹介した過去のブログはこちら

www.iwasakishoten.site

www.iwasakishoten.site

 

長年低迷していたベイスターズ。近年の好調を期に、是非ブログで取り上げたいと思いました。社内の一部から「公私混同だ!」という声が聞こえてきそうですが、あくまでも仕事として、真面目に企画しました。

 

観客動員数、動員率共に球団史上最多を達成!

 

2011年12月にDeNAがベイスターズのオーナー会社となりました。

ベイスターズの2017年シーズンの観客動員数は1,979,446人(2016年:1,939,146人)。この数字は、DeNAが参入する前の2011年シーズンと比較をすると、なんと79.5%UPしています。横浜スタジアム動員率は96.2%(2016年:93.3%)、大入り満員試合は63回(2016年:54回)チケット完売試合も38回(2016年:31回)を記録するなど、いずれの数字も球団史上最多を更新しました。

数字が示すように、ベイスターズは、今一番プロ野球界で、チームとしても企業としてもイノベーションが成功している球団だと思います。

株式会社横浜DeNAベイスターズの企業としての取り組みについては、既にテレビや新聞などでも紹介されています。今回は、私自身の勉強も兼ねて、イノベーションに取り組む現場スタッフの方々の工夫や苦労など、生のお話をうかがいたいということで取材協力をお願いしました。 

ベイスターズ球団事務所入口

株式会社横浜DeNAベイスターズ 株式会社横浜スタジアム 事務所入口

球団事務所入口の棚

入口付近の棚には記念品や球団オリジナルグッズが展示されている

三浦大輔スペシャルアドバイザー契約書

スペシャルアドバイザー「永遠番長」三浦大輔さんの契約書も展示されている


ベイスターズが春季キャンプ中の2月下旬、球団事務所を訪問し、経営企画本部 広報部 広報グループ グループリーダーの河村康博さんにお話をうかがいました。

ベイスターズ広報部 河村さん

河村康博さん

 

コンセプトは「継承と革新」

 

──ベイスターズに入社したきっかけを教えて下さい。

 

河村康博さん(以下、河村) 前職は、企業の広報活動のお手伝いをするPR会社で勤務し、2014年3月にベイスターズに入社しました。
新卒から5年間、PR会社という立場で色々な企業の広報活動に携わってきましたので、その経験を活かして一つの企業の中の広報として働きたいと思い、転職を考えるようになりました。
私自身、スポーツは好きですが、特に野球が好きという訳ではありませんでしたが、ご縁をいただき、ベイスターズに転職しました。

DeNAになってから、球界外からの考えを積極的に取り込もうと、私のような球界の外から来た人材を多く雇用しています。

 

──どのような業務を担当されていますか?

 

河村 広報部は大きく分けて、チームに付いている広報と、企業としての広報があるのですが、私たちは後者の企業広報を担当しています。
チーム付きの広報は、選手のインタビューや取材の対応を現場で行いますので、春季キャンプ中の今は、チームと一緒に沖縄にいます。
私は、株式会社横浜DeNAベイスターズという会社の広報として、事業内容に関する部分を担当しています。
最近はありがたいことに、講演会の依頼なども増えてきています。球団社長である岡村の講演会などに帯同し、それらの調整などを行うこともあります。
ですので、私は選手と接する機会は多くありません。

 

──DeNAとして、最初に取り組んだことは何ですか?

 

河村 DeNAになってからすぐに作った『次の野球』という本があります。
横浜DeNAベイスターズは「継承と革新」という言葉をコンセプトとして掲げています。球団の歴史を大事にしながら新しいことに挑戦していきますよ、というメッセージを込めた本です。

 

──ファン向けのメッセージ本ということですか?

 

河村 元々は社内向けに、社員のコミュニケーション用・教育用のツールとして考えていたのですが、横浜DeNAベイスターズという会社をアピールするきっかけにもなるということで一般にも販売しました。
当時のスタッフ、職員、そして現役選手からもアンケートを取りました。実現する、しないはあまり考えずに「こういう企画があったら面白いよね。」というアイデアをとにかく出してもらい、イメージを膨らませるために、イラストをふんだんに盛り込み、1冊の本にしました。

中を見ると結構面白くて、絶対に無理というアイデアから、海外に目を向けると実際に実現しているアイデア、そしてベイスターズで実現したアイデアもあります。

次の野球

『次の野球』

次の野球 001-006

ユニークなアイデアがいっぱい

次の野球 115-117

現役選手からのアイデアも

次の野球 050-052

選手の登場演出アイデアの一部は形を変えて実現している

出典:『次の野球』企画・発行:横浜DeNAベイスターズ 出版社:株式会社ポプラ社

 

一般販売も行われています。

次の野球 (一般書)

次の野球 (一般書)

 

 

──会社として新しい企画を進めていく際に、現場からの反対意見などはありましたか?

 

河村 企画によっては、反対意見はありました。しかし、反対意見が出たからすぐにやめようではなく、どのような形にすれば実現できるのかを模索しています。その中で、成功例をひとつずつ積み上げて、周囲の反応を見ていくことが、少しずつポジティブになっていくきっかけになっていると思います。
様々な経験を通して、今ではスタッフの考え方が、同じベクトルに向かっていると思います。

 

──企画を実現させるためには、社内の部署間のコミュニケーションが大切だと思います。御社のコミュニケーションはうまくいっていますか?

 

河村 2012年の初年度シーズンを終え、まずは単純に、どういう方たちが横浜スタジアムにご来場されているのか分析を行いました。

その結果、一番多いのは、20代後半から30、40代の男性だということが分かりました。私たちはそのような方を「アクティブ・サラリーマン」と分類しています。

そのうえで、ペルソナ(典型的なユーザー像)を作って、DeNAベイスターズのメインターゲットは「アクティブ・サラリーマン」だということを、社内に共有しています。

各部署で取り組む企画はいろいろあるのですが、中心にメインターゲットの意識を共通認識として持っていることで、コミュニケーションは図れるようになりました。

初年度はとにかくデータを集め、その後は、さまざまな企画について、PDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Act:改善)サイクルを回してトライ・アンド・エラーを繰り返しています。

そういう意味では、コミュニケーションに対して、何か飛び道具を出したということではなく、地道にひとつひとつ取り組んでいると思います。

その結果、観客動員数も増えているので、私たちがやってきた方向性は間違っていなかったと、社内的にも確認ができていると思います。

 

横浜スタジアムの改修工事が進行中

 

──観客動員数増加に対応するために、ドーム球場などを新設せずに、横浜スタジアムを改修することにした理由は何ですか? 

 

河村 コーポレートアイデンティティーに「継承と革新」があります。

球団として、守るべきものはしっかりと守らなくてはいけない、歩んできた歴史を大切にしないといけないという思いがあります。

そのなかで、横浜スタジアムは横浜開港から街の歴史の中心地でもあります。ルー・ゲーリックやベーブ・ルースなどもこの地で野球をプレーしているんです。

そのような歴史を考えたときに、ファンの皆さんはもちろん、横浜市民の気持ちなどを考えると、この場所はすごく大事であるという結論に至りました。

観客動員数増加という背景もあり、横浜スタジアムのキャパシティーを増やして、もっとたくさんのお客様に足を運んでほしいということで、約85億円をかけて横浜スタジアムを改修することにしました。

85億円というと、それなりに立派な新しい球場がゼロから作れるかもしれませんが、それでも今の場所に留まることに重きを置いたというのが私たちの判断です。

横浜スタジアム工事中

2020年東京オリンピック競技大会で野球·ソフトボール主会場となる横浜スタジアム

横浜スタジアム工事スケジュール

2020年までに約6千席増の増築・改修工事を予定している

 

──DeNAがオーナー企業となって、集客が増えた理由は何だと思いますか?

 

河村 ちょうど、プロ野球ビジネスの形が変わるタイミングということも要因の一つだったと思います。CDからLIVEに価値が移った音楽業界と同じで、今は野球もテレビから球場でのリアル観戦に移っています。

それと同時に、ベイスターズというチーム、横浜という場所、市民、ファンが持っているポテンシャルは大きいと思います。

神奈川県全体の人口は約900万人を超え、横浜市内だけでも約370万人います。

「市」という規模で持っている力は、横浜市は全国で一番ではないでしょうか。

それだけ、ブランド力も高く、誇り、アイデンティティー、地域愛の強さは、恐らく12球団で一番だと思います。

我々は、そういうバックグラウンドにある要素のコミュニケーションを円滑化させるために、パイプを整備する役割を担っていると思います。それぞれの想いがしっかりと循環すれば、集客数も増えるだろうという考えを持っていました。

 

──私はスタジアムでの応援以外では、レプリカユニフォームをコソコソ脱いでしまうような、恥ずかしがりやなファンでしたが、今では堂々と外でも着ていられるようになりました。デザインもとてもカッコいいですね。

 

河村 横浜DeNAベイスターズという球団、そして会社がカッコいいよね、お洒落だよねと思ってもらえることは、とても強みになります。

弊社のクリエイティブ部門や、イベント担当、球場内の演出担当など、関係者全員が、横浜DeNAベイスターズというものを最大限魅力的に見せる努力をしています。

昔ながらのファンの方だけでなく、野球に興味がなかった方が球場に足を運んだときに、ルールなど細かいことは分からないけど、何だか楽しいと思ってもらえるような演出や工夫をしています。

 

──関係者全員の方向性を統一するために何か工夫をしていますか?

 

河村 お客様が求めているものを探るため、マーケティング分析をしているチームがありますが、横浜市民の約1万人を対象にwebアンケートを取ったことがあります。

アンケート結果によって、やはり横浜という街が持っているポテンシャルはとても高く、魅力的であることが明らかになりました。

しかし、当時ベイスターズというチームが同じような印象を持たれていたかというと、決してそうではなかった状況でした。

横浜という街と同じように、ベイスターズも魅力的だという認識を持っていただきたいと考えています。

そのアンケートの中で「横浜のイメージは?」という項目には「海と港の街」「お洒落で開放的な街」「外国人が多い国際的な街」という回答が上位に来ました。

その後の取り組みとして、横浜のイメージに合わせて、球場の座席や、ユニフォームの色を変えたり、球場スタッフのユニフォームデザインを変えたりしました。
そして、「I ☆(LOVE) YOKOHAMA」という言葉を作り、それを合言葉にして、今まで以上に、スタッフ、選手、ファン、横浜市民とコミュニケーションをとるようにしていきました。

 

──得点の際に、阪神では六甲おろし、ヤクルトでは東京音頭を演奏し、ファン全体で盛り上がっています。最近のベイスターズの得点の際には、応援団が「横浜市歌」を演奏するようになりました。横浜市民として、これほど馴染みのある曲は他にありません。ファンの一人として、とてもすばらしいと感じています。

 

河村 応援団の方々とも日々コミュニケーションを取っています。

初めは、DeNAというIT企業が来て、警戒感を持たれた方もいると思いますが、日々のコミュニケーションを通じて、球団のやりたいことを理解してくれて、お互いの連携が取れるようになりました。

その結果がベイスターズの得点シーンでの「横浜市歌」の演奏につながっていると思います。こちらとしても、とても嬉しいですね。

今までも、様々なステークホルダーと全く連携できていなかった訳ではないと思います。しかし、それぞれの見ている方向性や、思いが若干食い違っていたのかもしれません。DeNAになって、我々だけでは何もできないことを認識し、コミュニケーションに重きを置きました。その中に、DeNAとしてのコンセプトが柱としてあり、そこがブレなかったことがよかったのだと思います。

 

ベイスターズのライバルは、東京ディズニーランド!

 

──企画を考えるうえで、他球団の取り組みなど、常に意識しているものはありますか?

 

河村 もちろん、他球団の取り組みも参考にしますが、例えば、東京ディズニーランドなども参考にしています。
単純に、我々のライバルはどこかと考えた時に、他球団や他のスポーツというのももちろんあるのですが、世の中に数多ある『エンターテインメント』というくくりの中でのライバルを意識しなくてはいけないと思っています。

そんな中から、貴重な土曜日、日曜日、もしくは平日の夜の時間、横浜スタジアムに足を運んでもらうことを考えなければいけません。

例えば土曜日にご家族で出かけることになった時、奥さんは買い物に行きたい。お子さんは遊園地に行きたい。でも、家族全員で過ごすならば、横浜スタジアムに行ってベイスターズの野球を観るのがいいよね、と思ってもらうことが大切だと思います。

遊園地、テーマパークの取り組みを参考にしたり、もちろん他球団の取り組みも参考にしながら様々な企画を作っています。

広報グループ 河村さん

 

──ベイスターズと同様に勢いのある、広島東洋カープの取り組みなどは気になりませんか?

 

河村 もちろん気になります。地域愛というのは横浜にもありますが、広島の歴史の中でのカープの位置づけは独特だと思います。

私たちも横浜市の子どもたちに、ベイスターズの帽子をプレゼントしたり、横浜市のマンホールをベイスターズデザインにしたり、横浜市の学校給食に、若手選手寮である青星寮で選手が実際に食べている『青星寮カレー』を提供したりしています。これらは文化としてベイスターズを根付かせるための取り組みの一例です。

 

──苦労していることはありますか?

 

河村 今までは『コミュニティボールパーク』化構想を掲げて、いかにお客さんを呼ぶかということをテーマに取り組んできました。

www.baystars.co.jp

 

河村 この取り組みは継続しますが、今後はさらに『横浜スポーツタウン構想』を掲げて、より街全体に枠を広げて活動していこうとしています。

そのために、社員数、ご協力いただく外部の方などのマンパワーも増やしながら取り組んでいます。

人が増えたこともありますが、今は第二創業期の状態だと思っていて、今までと同じような意思決定の統一感や、スピード感のレベルを落とさずに継続することが必要になります。

5~6年やってきましたが、これからもう一段階上の取り組みを考えなければなりません。

 

──最後に、イノベーションを実現させるために、一番大事だと思うことは何ですか?

 

河村 失敗を恐れずにチャレンジし続けることじゃないでしょうか。

その意味でうちの会社は、挑戦することに対してのハードルは低いと思います。

もちろん、新たな取り組みへの社内説明は必要ですが、挑戦する文化は社内に根付いています。新しいことに挑戦して、仮に失敗してもそれで咎められるということはありません。

新しい挑戦をするのと同時に、既存業務の見直しは常に行っています。業務の取捨選択を常に意識しながら、現在はそれぞれの業務に対して対応できる人材を増やしています。

今の横浜スタジアムの稼働率は96%ですので、お客様を集めて、横浜スタジアムを埋めるという取り組みだけではこれ以上の成長は望めません。今後は『横浜スポーツタウン構想』を掲げて、街全体にエリアを広げて取り組みを進めていきます。

加えて、今の野球の位置づけとして、数十年前と比べると、野球を観たことがない子どもたちも多いと思います。サッカーやバスケなどを好きな子もたくさんいる中で、野球にも目を向かせる地道な活動はこれからも続けていかなければならないと思っています。

球団事務所廊下

球団事務所の廊下には過去に取り組んだ企画のポスターパネルが展示されている

会議室 ファースト

各会議室には野球に関係する言葉を使った名前が付けられている

 

おわりに

 

各球団が球場を新設するニュースを耳にするたびに、ベイスターズもドーム球場を新設してほしいと願うファンの一人だった私です。

しかし、DeNAが横浜スタジアムを改修するというニュースを聞いた時、自分がどれだけ横浜スタジアムという球場を愛していたかということを思い出させてくれました。

小さい頃、父親に連れて行ってもらった、横浜スタジアム。とてもワクワクして、楽しい時間をこの場所で過ごしていた思い出が蘇ってきました。

イノベーションとは、全く新しいことばかりに取り組むのではなく、DeNAのコンセプトの「継承と革新」にもあるように、引継ぐべき部分と、捨てるべき部分の取捨選択を誤らないことが大切なのだと思いました。選択を誤らなければ、お客様自身も忘れていた、潜在価値を見つけることができるかもしれません。

そして、企業規模は関係なく、イノベーションを実現するためには、失敗を恐れずに進む気持ちと、細かなPDCAを繰り返すという地道な作業が鍵であると痛感しました。

イノベーション部として自分も頑張ろうと思うのと同時に、これからも今まで以上に、横浜DeNAベイスターズを熱く応援しようと心に誓ったのでした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

投稿者:元吉

みなもと太郎はHUNTER×HUNTERをどう読むか? 兎来栄寿が迫る<後編>

こんにちは。岩崎書店ブログ管理人の大塚芙美恵です。

今回は昨年の11月に、LOFT/PLUS ONEで行われた、マンガ家で、マンガ研究家のみなもと太郎先生と、マンガサロントリガーの店長で、マンガコンシェルジュでもある兎来栄寿さんの対談「2017年のマンガの語り方~兎来栄寿が迫る、みなもと太郎はHUNTER×HUNTERをどう読むか?〜」の後編の様子をお送りします。

 

前編はこちらから

www.iwasakishoten.site

 

前編は手塚治虫の『リボンの騎士』登場の衝撃や、みなもと先生が生み出した、劇画調のキャラクターと、ギャグ調のキャラクターをミックスさせた斬新な作品、『ホモホモ7』のお話などをお送りしてきました。後編は、『HUNTER×HUNTER』の核心に迫っていきます。みなもと先生と兎来さんは、どう読み解くのでしょうか?

 

みなもと太郎(みなもとたろう)

マンガ家・マンガ研究家。1947年、京都府生まれ。1967年、20歳のときに少女マンガ誌『別冊りぼん秋の号』でマンガ家デビュー。1970年、『週刊少年マガジン』に『ホモホモ7』を連載スタート。劇画とギャグをミックスする斬新な表現で話題を呼び、大きな人気を獲得する。2004年、『風雲児たち』で第八回手塚治虫文化賞特別賞を受賞。「文化庁メディア芸術祭」マンガ部門審査委員、手塚治虫文化賞審査委員、文化庁芸術推薦委員、選考委員などを歴任。

 

兎来 栄寿(とらい えいす)

10歳の頃から神保町やまんだらけに通い詰めジャンプ作品からトキワ荘・大泉サロン作家まで読み漁っていた生粋の漫画愛好家。少年青年少女漫画からBL・百合まであらゆるジャンルを愛する。漫画を読むのは呼吸と同じ。自分を育ててくれた漫画文化に少しでも恩返しすべく、日々様々な作品の布教活動を行うマンガソムリエ。渋谷マンガサロン『トリガー』店長、マンガHONZのレビュアーとしても活動。

 

マンガの歴史 第1巻 岩崎調べる学習新書

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冨樫先生の反骨精神、不朽の『レベルE』

ハンターハンター みなもと太郎 兎来栄寿 岩崎書店のブログ マンガの歴史

 『HUNTER×HUNTER』は、かなり意識的に、これまでのマンガの手法を取り入れています。みなもと先生のマンガも、そういうところがおありになると思いますが、いかがですか?

 まぁ、いろんな先生が、いろんな開発をしてくれたのを、面白がって、あるいは喜んで、憧れて、自分流に一生懸命めちゃくちゃにするのは、一番好きだからやっていますね。

 そういうこれまでのマンガを取り入れながら、自分流にするということが、今この時代に注目されているといいますか、かなり中心にきていると思いましたが、兎来さんはどう思われますか?

 非常に難しいと思うのが、マンガの形態が徐々に変化していて、スマートフォンで、見開きではなく、縦に読むマンガというのがどんどん増えています。普通のコマ割りが存在しないので、過去の財産というものがなくて、ベテランのマンガ家であっても、一から築き上げなくてはならないという現状があります。

 もうスクロールで見るようになったら、1ページごとのコマ割りという文化は、滅びるだろうと思いますけど。でも『HUNTER×HUNTER』に一コマ、哭きの竜というのが、ありますよね。

 ありますね。冨樫先生が結構そういうことをやられる方ですね。

 そうなんだ。

 『幽遊白書』のときからそういうのがあって、若い読書には絶対わからないだろうというネタが、今読むと色々あって、楽しいです。

 マンガ家の方って、描けなくなる方と、描ける方がいらっしゃるんですけど、冨樫先生はその中間で、描けなくなりそうで、描けるんですよね。

 ジャンプではものすごい下描きの状態で、連載しているという。

 そうですね。残念ながら。しかし僕に思うところがあって、冨樫先生は、週間連載では確かにゆっくりしたペースですが、月刊として考えたときに、30年で単行本60冊くらい出しているんです。月刊で描いていたら、単行本が六ヶ月に一回出るというのは、普通のペースであって、逆にそれを30年続けていることは、素晴らしいことなんですよ。

 確かにそうですね。みなもと先生は、週刊連載をされていたときに、かなり自覚的に、お辞めになって。

 そうそう。もーだってできないもん。ホモホモ半年で打ち切られて、「あーよかった」っとしか思わなかったし(笑)。その後にマガジンでやったときには、とにかく長いのは嫌だと。だから、3週連載で終わるという約束でやったし、その後ちょっと長くやるってなったときは、8ページ連載にしてくれって頼みました。

(会場笑)

 先生は、ネームをお描きにならないんですよね。

 ネームはしません。だから当然、打ち合わせもないわけです。

 そこが素晴らしいと思うんですよ。ジャズの即興演奏みたいですよね。

 よく編集部も許してくれましたよね。

 それは先生の作品に魅力があったから、というシンプルな理由だったんじゃないかと思います。

 でもそれと引き換えに単行本が、あんまり売れないというね。

(会場笑)

 それはもう仕方ないですよね。ただ売れるのを週刊誌で必死に描いて、命縮めるのは嫌だ。

 そういう意味で、冨樫先生に『レベルE』という作品があるんですけど、『幽遊白書』を描いたあとに、みなもと先生と同じように、だれの指図も受けず、自分の描きたいものを描く、ということで、月1という異質な連載をジャンプでやりました。それは本当に不朽の名作と呼ばれ、今に語り継がれている作品になっています。そういう反骨精神みたいなものを、ジャンプの中でみせてくれるというのが、冨樫先生のすばらしい功績かなと思ってますね。

 そっか。『レベルE』というのはそういうことで生まれた作品なのか。

 『幽遊白書』を描いているときから、自分ひとりで原稿をあげたいという思いがあって、でも週刊連載では絶対に無理なので、アシスタントに頼っていたんですね。でも、ものすごくストレスが溜まって、どうしても自分ひとりで描きたいシーンの、例えば「蔵馬vs鴉」や「幽助vs仙水」は、一人で描いていたみたいです。

 マンガを描いてストレスがたまるっていうのは、かわいそうだと思います。私はストレスはたまらない。

 先生はマンガを描き終わったから飲みに行くぞ、という風にはならないと仰っていますよね。

 マンガを描き終わって、解放されて、さぁ飲みにいこうということは、マンガを描いている間が非常にストレスがあるということでしょう? マンガを描いているときこそ、ストレスが解消されるということが、理想的なので。

 

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