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ピアノを習うと脳が育つ?(1)高度な専門分野で活躍するアマコン覇者~医師・西村英士さん

直木賞受賞作で話題の『蜜蜂と遠雷』(作・恩田陸)。学生時代コンテスタントだった筆者は、ひりひりとした痛みを抱えつつ読み進めました。 

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

コンクールには勝者と敗者がつきもの。トップに立つ人との才能の差、努力では越えられない壁を見せつけられ、プロのピアニストになるのを諦める人も少なくありません。

 一方、ピアノを一生の趣味として続ける道を選ぶ人もいます。「ショパン国際ピアノコンクール」や「ヴァン・クライバーン国際コンクール」など、著名なピアノ・コンクールにはアマチュア部門がある場合も多く、本業を別に持つピアノ愛好家の挑戦の場となっています。

注目すべきは、上位入賞者の本職が「医師・研究者・弁護士・経営者」など、高度な専門分野で活躍している方が目立つこと。これは海外に限ったことではなく、国内のトップレベルのコンクールでも同じ傾向があるようです。

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畑中さん、アマチュアのショパン国際ピアノコンクールで入賞 / 函館新聞電子版

医学部の小平智文さんが東京ピアノコンクール・アマチュア部門で優勝しました|東海大学

 ただでさえ多忙な本職を持つ彼らが、コンクールを制するほどの演奏力を持っているのは、何故なのか? そして、ピアノと職業との因果関係はあるのか? 多少強引ではあるけれど、もしかしたらピアノを習えば、医師や弁護士になれるほど頭がよくなったりして?

そこでまずは、アマコンで優勝した方が、子どもの頃からピアノや勉強にどう取り組み、その職業の道に進んだのか、2016年「国際アマチュアピアノコンクール」最難関A部門優勝の医師、西村英士さんにお話を伺ってみました。

西村英士さんピアノ

西村 英士(にしむらえいじ)
1972年生まれ。東京大学医学部医学科、京都大学大学院研究科博士課程(外科学専攻)卒業。医学博士。5歳よりピアノを始め、田中智子、高須久子の両氏に師事。安田正昭、高須博両氏の指導も受ける。大学時代に東大ピアノの会に所属、多数の演奏会に出演。卒業後も京都大学および英国King’s College Hospitalで移植外科の臨床に携わりつつ、演奏活動を継続。現在は外科・内科をデュアルにこなす臨床医として首都圏の病院で診療活動にあたる。国際アマチュアピアノコンクール2016 A部門第1位、第36回PTNAピアノコンペティション グランミューズ部門 B2カテゴリー第1位、第1回東京ピアノコンクール アマチュア部門第1位など入賞歴多数。ゴドフスキー「ショパンのエチュードによる練習曲集」の楽譜で解説をマルク=アンドレ・アムランと共同執筆したほか、数々の楽譜出版やCD解説、雑誌への執筆を手がけている。 

 

医師とピアノを両立する秘訣とは

 

西村さんはこの5月にCD『Homage to the Composer-Pianists(コンポーザー=ピアニストを称えて)』をリリースしたばかり。とはいえ、プロのピアニストではありません。数々の国内アマチュアコンクールでの入賞経験はあれど、本業は、外科と消化器内科を専門とする医師なのです。 

 

── はじめまして。CDを拝聴しました。ほとんどが初めて聴く曲でしたが、並外れた技術力が要求される作品ばかりなのに、音の重なり具合が絶妙で、むしろ音符の多さをまったく感じさせないというか…。とにかく、すべての音が美しく、鳥肌が立ちました!

 

ありがとうございます。私はゴドフスキーやアルカン、アムランなど、19~20世紀のコンポーザー=ピアニスト(作曲家で且つ一流の演奏家)に興味がありまして、ゴドフスキーは国内版の楽譜の校訂と解説の翻訳も手がけていますが、今回収録した作品は、いずれも録音が非常に少ないのです。新しいピアノ表現の可能性を切り開く作品の魅力を、より多くの方に伝えたいという思いから、このCDをつくりました。とはいえ、技巧的な難曲ばかりで、演奏は容易ではありません。2011年から足掛け5年、複数回に分けて録音し、ようやく完成しました。

 

── これだけの難曲を弾きこなすには、相当な時間をかけなければ難しいと思いますが、世間の医師のイメージは、寝る間もないほど超多忙な職業ですよね。一体どうやって両立しているのでしょうか。

 

確かに、医師という仕事はハードワークです。
現在は消化器内科・腫瘍内科を診ていますが、元々は外科が専門でした。当時は朝から晩まで、徹夜に土日出勤も……という状況で、さすがにピアノを弾く時間はほとんどありませんでした。数年前から少しずつ、何とかピアノに向き合う時間を確保しています。

 

── あまりピアノとは関係ないかもしれませんが、ご専門が外科と内科という理由を教えていただけますか。

 

当初は、薬に頼らず、純粋に自分の技術で手術をし、患者さんに貢献したいという思いがあり、外科を選択しました。外科医は腕を磨こうと思ったら、専門の単一臓器の単一分野に特化した経験を積む必要があります。私の場合は肝臓移植が専門で、新しい技術で助けられる命があるならと、国内、海外を問わず様々な技術を学びました。しかし、この道を進み続ければ、肝臓移植のプロフェッショナルにはなれても、ほかの病気がほとんど診られなくなるかもしれない、という葛藤もありました。

一方、内科は頭脳の勝負です。外科医を17年やりましたが、次第に患者さんと対話しながら個々に適した治療方法を考え、もっと幅広い病気を診られる医者になりたいと考えるようになりました。現在は、外科の診療も残しつつ、消化器内科・腫瘍内科をメインに担当しています。

病院でも、電子ピアノを持ち込んで、院内コンサートをやった経験がありますよ。あまり自分の趣味に走るわけにはいきませんので、オーソドックスな曲が中心です。大人の病棟ならショパンなどの名曲やアンサンブル、小児科病棟なら童謡やアニメソングなどが喜ばれますね。

 

西村英士さんピアノ

所有のグランドピアノはFAZIOLI。近年、老舗スタインウェイなどと人気を分かつ魅力を兼ね備えたピアノだ。PTNAコンペティショングランミューズ部門B2カテゴリー第1位の記念トロフィーと。 

 

── 外科と内科とピアノ、マルチでのご活躍なのですね。限られた時間の中でピアノを練習されるわけですが、何かコツがあるのでしょうか。

 

よく聞かれるのですが、残念ながら特別な秘訣はありません(苦笑)。ひたすら弾く、地道な努力の積み重ねです。独りよがりな演奏にならないよう、現在もレッスンで指導を受けています。

医療の世界も、新薬や手術法など次々に新しい技術が出てきますし、論文を読んだり学会や研究会に出席するなど、日々の努力を怠ると、あっという間に取り残されてしまいますから、学ぶことは苦ではありません。普段の練習時間はあまり多くありませんが、本番が迫っているときなどには集中して取り組むようにしています。忙しい時ほど、かえって物事がはかどることもありますよね。 

 

「毎日一時間」の習慣が次の段階へ

 

── ピアノはいつ頃習い始めたのですか?

 

5歳からと聞いています。両親はまったく音楽に縁がないサラリーマン家庭でしたが、祖父母がピアノを購入してくれたのをきっかけに、習い始めたそうです。

 

── 幼少期から相当練習されていたのでしょうか。

 

ピアノの先生から「毎日一時間は練習しなさい」と言われていたので、小学校までは母が横に座り、とりあえずは一時間やらされていたという感じです。

中学生になると、ある程度自分から進んで練習するようになりました。その頃には「学校から帰ってきたら、毎日一時間ピアノを練習する」という習慣が身について、帰宅したら自然とピアノに向かっていましたね。曲のレパートリーが増え、演奏が楽しくなってきたことも大きかったと思います。

 

── 毎日ピアノを練習する習慣はずっと続けていらっしゃったのですね。医師をめざそうと思ったのはいつ頃ですか。

 

小学生の頃ですね。従兄弟が大学の医学部に進学し、医療の仕事について話を聞き、影響を受けたのがきっかけだと思います。医療は人の命を預かる大事な仕事。どんなことをやるにしても、命があって健康でなければ、やりたくてもできないこともあります。だからこそ、その根底に関わる部分に貢献できる仕事をしたいと思いました。

 

── 医師をめざすとなると、勉強中心の生活になりそうですが。

 

中学受験もしましたが、友人(ライバル?)たちとの切磋琢磨がやる気をおこさせてくれました。競い合いがゲーム感覚で、楽しかったのだと思います。

中学は中高一貫の私学に進みましたが、あまりがむしゃらに勉強した記憶はありません。周りとの競争をいい意味で楽しんでいましたし、それがモチベーションでした。学校の勉強以外は、英語の個人塾と、夏休みなどに講習に通った程度でした。

学校ではピアノを演奏する機会もあり、毎年文化祭で、ソロ演奏はもちろん、仲間とアンサンブルも楽しむようになり、幅が広がりました。高校の先輩の演奏を見て刺激を受け、それが目標になりました。

 

── 勉強とピアノの両立は大変ではなかったのですか。

 

高校3年の5月、最後の文化祭でショパンのソナタ第3番を演奏したのを区切りに、一応、受験モードに切り替えました。とはいえ、やはりピアノは切り離せず、時間を減らしつつも弾いていましたね。演奏会のノルマはなくなったし、「受験生だから勉強しなきゃ」と思うと、余計に弾きたくなって(笑)。それに、だらだら勉強するよりも、気分転換になりました。

また、FMラジオでクラシック音楽番組を聴きながら勉強していたのですが、初めて20世紀の現代曲に触れ、「ああ、こういう曲も弾いてみたいなあ」と、興味を持つようになりました。 

 

西村英士さんピアノ
「人の笑顔が好きなので、自分も、人に接するときはなるべく笑顔で、と思っています。ちなみに小学校の頃得意だった科目は 算数、理科、音楽。運動はあまり(笑)。苦手だった科目は体育と国語。これは受験のときも苦しめられました。現代文は解答を読んでもなおわからないことがよくあります(笑)。」

 

上空から見下ろせるようになると楽しい

 

── ピアノ愛にあふれていらっしゃったのですね。音楽大学に進学してプロのピアニストをめざす道は考えなかったのですか。

 

音大に進もうとは思いませんでした。ピアノを弾くのは楽しいけど、プロをめざせるほどの腕前ではない。音色のつくりかたひとつとっても、とても超えられない厳然たる壁があると思っていました。

 

── 勉強愛も育まれましたか(笑)

 

勉強そのものが本当に面白いなぁと思えたのは、ちょっと遅いですが高3になった頃。様々な知識が身についてくると、世界の見通しがずっと良くなります。それまで地べたを這っていたのが、上空から見下ろせるようになる、とでも言いましょうか。ここまで来ると楽しくなり、周りに関係なく、自分でどんどん勉強を進められるようになりました。

 

── 東大を選ばれた理由は?

 

やるからには一番有名なところに行ってみたいなと。どうせ山に登るならエベレストに登ろうぜ、そんな感覚です。

 

── 大学ではピアノを続けられたのでしょうか。

 

もちろんです。むしろ、ピアノ漬けの毎日でした。「東大ピアノの会」というサークルがありまして、1~2年の教養課程の間はほとんど、サークル部屋に入り浸っていました。朝、登校したらサークル部屋に行き、そこから授業に行って、授業が終わったらまた戻ってくるという生活です。サークル部屋にはそれまで知らなかった作曲家の楽譜が山のようにあって……まさに宝の山でした。

初めて聴くような曲を先輩方が次々に演奏し、その作曲家や曲に対する愛を延々と語る。とにかく刺激的でしたし、知識もレパートリーも格段に増えましたね。

 

仕事以外にできることが強みになる

 

── 目標は立てていたのですか。

 

ピアノにはそこまで明確な目標を置いたわけではありません。今やっている曲が完璧に弾けるようになりたい、もっと大曲が弾けるようになりたいという、誰でも持つであろうモチベーションです。

たとえば中高時代は学校の文化祭、先生の発表会などの本番にあわせて曲を仕上げることが具体的な目標でした。大学生になってからは、ソロの演奏会が年4~5回と、同時に入っていた室内楽サークルの演奏会が年2~3回はあるため、とにかくハイペースで必死に譜読みして曲を仕上げていました。特に大学4年生の1年間は、フランスの現代作曲家オリヴィエ・メシアンの『幼子イエスにそそぐ20のまなざし』という2時間かかる大曲を仕上げることに一所懸命でした。

社会人になって一時中断した後、再開してからはコンクールに出る機会が多くなり、本選に残ること、上位に入賞することを目標にするようになりました。通常の演奏会とはまた違った緊張感があり、より高い完成度をめざすには、いい刺激になると思います。

 

西村英士さんピアノ
受賞記念の数々。

 

── ピアノを続けていて得したことはありますか?

 

何より趣味として楽しいということですね。もし仕事しかなかったら、こんなに心が充実した生活は送れないと思います。それから、音楽を通して多種多様な職種や環境の方と友人になれたこと。医者の中には友人のほとんどが医療関係者のみ、という人も少なくありませんが、僕は医者の友人のほうが少ないです(笑)。心の充実も友人も、お金では買えないものです。

「東大ピアノの会」在籍時の1997年には、今回のCDにも収録したマルク=アンドレ・アムランの初来日公演を実現させたこともあります。彼の録音を初めて聴いた時、その鮮烈な演奏に度肝を抜かれました。その後もサークル部屋ではしょっちゅう彼の演奏を聴きながら夜を明かしていました。当然、皆で首を長くして来日を待っていたのですが、いつまでたっても来る気配すらない。とうとうシビレを切らせた先輩が「ならば我々で呼んじゃおう」と言い出し、本当に有志メンバーで招聘することになってしまいました。こんな経験はピアノ仲間がいなければできませんよね。

 

── 最後に、お子さんの習いごとで悩む親御さん達へメッセージをお願いします。

 

勉強などの本業以外にも、エネルギーを注げることを子どものうちにやっておくと、将来大きな武器になると思います。そのひとつが習いごと。何かひとつでいいから、長く取り組める、本人にあったものをみつけてあげてほしいと思います。幼少時は「やらされている」とつらく感じることも多いかもしれませんが、親御さんが励ましてあげるなど工夫して、何とかうまく続けてほしいですね。

もちろん、ある程度人格ができたらそこからは本人の自由意志ですが。中高生になってできることが増えてくると楽しくなるし、社会人になって仕事以外にできることがあるのは、メリットが大きいです。学校や職場とはまた別の友人ができるし、心のよりどころにもなり、仕事がつらいときも頑張ろうと思えますよ!

 

幼少時からコツコツと、勉強もピアノも、周りとの競争も楽しみながら努力を積み重ねる。それが西村さんの人生の軸になっているのですね。継続力、向上心、そして常に新しいものを貪欲に追究し吸収する力を感じましたが、何よりその温かいお人柄が印象的でした。

いずれも、人生においては重要なスキル。誰もがある程度は持っているはずのこれらの能力を、ここまで高められるのは、遺伝子のなせる技と諦めてしまいそうですが、やはり少なからず環境に左右された側面があるはず。

そんなわけで次回は、西村さんが所属され様々な影響を受けたという、「東大ピアノの会」に潜入してみたいと思います。

 

続編はこちら

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西村英士さんピアノ

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冒頭でご紹介した『蜜蜂と遠雷』の作者・恩田陸さんの絵本『かがみのなか』( 恩田陸 作/樋口佳絵 絵/東雅夫 編)もぜひお読みください。 

怪談えほん (6) かがみのなか

怪談えほん (6) かがみのなか

 

投稿者:michelle

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