みなもと太郎はHUNTER×HUNTERをどう読むか? 兎来栄寿が迫る<後編>
こんにちは。岩崎書店ブログ管理人の大塚芙美恵です。
今回は昨年の11月に、LOFT/PLUS ONEで行われた、マンガ家で、マンガ研究家のみなもと太郎先生と、マンガサロントリガーの店長で、マンガコンシェルジュでもある兎来栄寿さんの対談「2017年のマンガの語り方~兎来栄寿が迫る、みなもと太郎はHUNTER×HUNTERをどう読むか?〜」の後編の様子をお送りします。
前編はこちらから
前編は、手塚治虫の『リボンの騎士』登場の衝撃や、みなもと先生が生み出した、劇画調のキャラクターと、ギャグ調のキャラクターをミックスさせた斬新な作品、『ホモホモ7』のお話などをお送りしてきました。後編は、『HUNTER×HUNTER』の核心に迫っていきます。みなもと先生と兎来さんは、どう読み解くのでしょうか?
みなもと太郎(みなもとたろう)
マンガ家・マンガ研究家。1947年、京都府生まれ。1967年、20歳のときに少女マンガ誌『別冊りぼん秋の号』でマンガ家デビュー。1970年、『週刊少年マガジン』に『ホモホモ7』を連載スタート。劇画とギャグをミックスする斬新な表現で話題を呼び、大きな人気を獲得する。2004年、『風雲児たち』で第八回手塚治虫文化賞特別賞を受賞。「文化庁メディア芸術祭」マンガ部門審査委員、手塚治虫文化賞審査委員、文化庁芸術推薦委員、選考委員などを歴任。
兎来 栄寿(とらい えいす)
10歳の頃から神保町やまんだらけに通い詰めジャンプ作品からトキワ荘・大泉サロン作家まで読み漁っていた生粋の漫画愛好家。少年青年少女漫画からBL・百合まであらゆるジャンルを愛する。漫画を読むのは呼吸と同じ。自分を育ててくれた漫画文化に少しでも恩返しすべく、日々様々な作品の布教活動を行うマンガソムリエ。渋谷マンガサロン『トリガー』店長、マンガHONZのレビュアーとしても活動。
冨樫先生の反骨精神、不朽の『レベルE』
岩 『HUNTER×HUNTER』は、かなり意識的に、これまでのマンガの手法を取り入れています。みなもと先生のマンガも、そういうところがおありになると思いますが、いかがですか?
み まぁ、いろんな先生が、いろんな開発をしてくれたのを、面白がって、あるいは喜んで、憧れて、自分流に一生懸命めちゃくちゃにするのは、一番好きだからやっていますね。
岩 そういうこれまでのマンガを取り入れながら、自分流にするということが、今この時代に注目されているといいますか、かなり中心にきていると思いましたが、兎来さんはどう思われますか?
兎 非常に難しいと思うのが、マンガの形態が徐々に変化していて、スマートフォンで、見開きではなく、縦に読むマンガというのがどんどん増えています。普通のコマ割りが存在しないので、過去の財産というものがなくて、ベテランのマンガ家であっても、一から築き上げなくてはならないという現状があります。
み もうスクロールで見るようになったら、1ページごとのコマ割りという文化は、滅びるだろうと思いますけど。でも『HUNTER×HUNTER』に一コマ、哭きの竜というのが、ありますよね。
兎 ありますね。冨樫先生が結構そういうことをやられる方ですね。
み そうなんだ。
兎 『幽遊白書』のときからそういうのがあって、若い読書には絶対わからないだろうというネタが、今読むと色々あって、楽しいです。
岩 マンガ家の方って、描けなくなる方と、描ける方がいらっしゃるんですけど、冨樫先生はその中間で、描けなくなりそうで、描けるんですよね。
み ジャンプではものすごい下描きの状態で、連載しているという。
兎 そうですね。残念ながら。しかし僕に思うところがあって、冨樫先生は、週間連載では確かにゆっくりしたペースですが、月刊として考えたときに、30年で単行本60冊くらい出しているんです。月刊で描いていたら、単行本が六ヶ月に一回出るというのは、普通のペースであって、逆にそれを30年続けていることは、素晴らしいことなんですよ。
岩 確かにそうですね。みなもと先生は、週刊連載をされていたときに、かなり自覚的に、お辞めになって。
み そうそう。もーだってできないもん。ホモホモ半年で打ち切られて、「あーよかった」っとしか思わなかったし(笑)。その後にマガジンでやったときには、とにかく長いのは嫌だと。だから、3週連載で終わるという約束でやったし、その後ちょっと長くやるってなったときは、8ページ連載にしてくれって頼みました。
(会場笑)
岩 先生は、ネームをお描きにならないんですよね。
み ネームはしません。だから当然、打ち合わせもないわけです。
岩 そこが素晴らしいと思うんですよ。ジャズの即興演奏みたいですよね。
み よく編集部も許してくれましたよね。
岩 それは先生の作品に魅力があったから、というシンプルな理由だったんじゃないかと思います。
み でもそれと引き換えに単行本が、あんまり売れないというね。
(会場笑)
み それはもう仕方ないですよね。ただ売れるのを週刊誌で必死に描いて、命縮めるのは嫌だ。
兎 そういう意味で、冨樫先生に『レベルE』という作品があるんですけど、『幽遊白書』を描いたあとに、みなもと先生と同じように、だれの指図も受けず、自分の描きたいものを描く、ということで、月1という異質な連載をジャンプでやりました。それは本当に不朽の名作と呼ばれ、今に語り継がれている作品になっています。そういう反骨精神みたいなものを、ジャンプの中でみせてくれるというのが、冨樫先生のすばらしい功績かなと思ってますね。
み そっか。『レベルE』というのはそういうことで生まれた作品なのか。
兎 『幽遊白書』を描いているときから、自分ひとりで原稿をあげたいという思いがあって、でも週刊連載では絶対に無理なので、アシスタントに頼っていたんですね。でも、ものすごくストレスが溜まって、どうしても自分ひとりで描きたいシーンの、例えば「蔵馬vs鴉」や「幽助vs仙水」は、一人で描いていたみたいです。
み マンガを描いてストレスがたまるっていうのは、かわいそうだと思います。私はストレスはたまらない。
岩 先生はマンガを描き終わったから飲みに行くぞ、という風にはならないと仰っていますよね。
み マンガを描き終わって、解放されて、さぁ飲みにいこうということは、マンガを描いている間が非常にストレスがあるということでしょう? マンガを描いているときこそ、ストレスが解消されるということが、理想的なので。
みなもと先生も兎来さんも感動した、黒塗りのページ
岩 今兎来さんが注目されているマンガは、ありますか?
兎 ミステリーボニータという雑誌でやっている『きみを死なせないための物語(ストーリア)』というマンガがあるんですけど、そちらは失われつつあった、24年組の萩尾望都さんが得意とされていた、SFマンガを復活させようとしているんですよね。
み それ、あとでもう一回教えて。
兎 はい。ぜひぜひ。
(会場笑)
岩 実は先生に以前、岩崎書店って、昔SFの絵本出してたよねって教えてもらって、ポニーブックスっていうんですけど、その復刻版として12冊中、6冊を復刊します。兎来さんはSFなどの「虚構」の新しい息吹を、お感じになるときはありますか?
兎 最近感じるのは、異世界ファンタジーが、ものすごく隆盛していますね。
み 要するにゲームのせいでしょ?
兎 そうですね、ロールプレイングゲームのせいもありますよね。異世界ファンタジーは、コストパフォーマンスがいいので、誰しも簡単に作れるんですよね。それに比べてSFというのは、作ろうとしたときに、お金が沢山必要で、多くの交渉も必要になりますし、ある意味ではコストパフォーマンスが悪い。
み だから『HUNTER×HUNTER』も、SFとファンタジーを、上手くまぜこぜにしたわけでしょ。
兎 そうですね。冨樫作品のすごく面白いところとして、例えば『幽遊白書』の乱童編ですとか、あるいは『レベルE』の野球部の部員たちが潜在意識の中に失踪してしまうという話があるんですけど、非常にミステリー的なんですよね。この中で誰が深層世界に引きずりこんだ犯人なのかっていうのはただ読んだだけじゃ伝わらないんですが、明確にいるという。各人物が台詞として発していることを整理すると、その真相がわかるような作りになっています。それはゲーム的な要素ともいえますよね。『HUNTER×HUNTER』にも「王位継承編」などで、出てくるんですね。そういうミステリーの要素が強くなっているところが、冨樫先生の実験的な作家ということを、あらわしています。幽遊白書においても、一回自分が登場させた登場人物に、語り部として、実は今までのことは全部演技でしたということをやりたいと、編集者に言ったらしいんですよ。それはもちろん、絶対駄目って言われたらしいんですけど。
み 要するに夢オチに近くなる。
兎 はい。だからほんとに実験的なところをどんどん取り入れていく作家さんで、例えばキメラアント編では、作品の最後の数ページがずっと黒塗りで、台詞しか描いていない場面が連続していて、それは反則だろという批判をすごくうけていました。
み 蟻の王様が死ぬところね、あれはすごかったし、あの場面は一番よかった。
兎 僕もあそこは、ジャンプを泣きながら読んで、ページを濡らしてたんですけど。
み あの前の数ページが、ずっと黒塗りに台詞だけで、実はあれも昔、私やったことあるんですよね。
兎 それは、さすがです! そして、やはり『HUNTER×HUNTER』は、ものすごく文字数が多いんですよね。
み 多いね。
兎 あの文字数の多さというのは、もとを正すと、24年組の萩尾望都さんなどがやられていたんですよね。突然ポエムのような文章が、少女マンガの中に出てきたり、あらゆる多層的な言葉というものと、マンガ表現を融合させたのが、あの時代の方々でした。そういった表現が『HUNTER×HUNTER』にも脈々と受け継がれていると思っています。
み 文字の多さは、私は大島弓子さんの作品で最初に驚きました。ある作品の1ページめで、数えてみたら99行あったんですよ! 多層的な言葉は…石(ノ)森先生が実験的にやられてた気がするな。作品名は特定できないけど。
手塚治虫と石ノ森章太郎の対抗意識
岩 兎来さんから見て逆に言えば昔のマンガで今の若者が読むべきみたいなのを上げるとしたら何がありますかね。
み たくさんあるでしょ。
兎 ほんとに、無限にあります。とりあえず『火の鳥』『ブラックジャック』『ブッダ』。そして、もちろん『サイボーグ009』、『龍神沼』。萩尾望都先生は全部読んでください。
岩 そこでちょっと議論したいのは、手塚治虫の代表作は何なのかという。
兎 難しいですね。
岩 実は『鉄腕アトム』を選ばない人は多いんですよね。『火の鳥』か『ブラックジャック』が多いんです。
み 今の世代はそうでしょう。それはしかたない。私は、ライオンブックスをリアルタイムで読んでますから。緑の猫や、黒い宇宙船の衝撃ですよ。ただ私が無理矢理選ぶなら、『ジャングル大帝』でしょうね。世界中で、マンガで大河ドラマを描くなんていう発想は『ジャングル大帝』以前になかったんだから。
岩 『火の鳥』の宇宙編でコマが宇宙船が遠ざかったいくときに……。
み 3つの流れにしてありましたよね。
岩 コマ割りがすごくアバンギャルドといいますか。
兎 はい、すごく衝撃的でした。
み 私らにとっては、あの場面は確かに美しいですが、新しい試みだな、というものではなくて、手塚マンガには昔からあったという捉え方です。
岩 よくある、去っていくときにコマが小さくなっていくものの、変形版ですよね。
み はい。でも手塚先生は、変形版はいっぱいやってます。ただ、ページを食うような表現は、雑誌社は許してくれないので、赤本時代で、そういう原形を感じられるものがいくつもありました。
岩 そうなんですね。石ノ森章太郎先生も、かなりコマの発明をしたという話でしたが。
み はい、すごいことをされています。
岩 手塚先生と互いに影響されながら、発明をしていったというところは、あったんですかね?
み それは難しくてね。石ノ森先生のコマの展開の新しさは、手塚先生の影響をうけているけれど、少し違っています。それに対するイラつきを、手塚先生は持っていたみたいです。
岩 なるほど。それの対抗軸として、そんなんじゃないんだよ、という手塚先生の返答が続いていくと。
み それもあったと思いますね。俺はこんな風にやるぞというのを。
岩 以前、みなもと先生の話しを聞いていて印象に残っているのが、20歳のときに作画グループと出会うまで、マンガのことを心から語り合える人がいなかったんですよね。
み そうですね。私の周りにはいませんでしたね。
岩 それを聞いて、ある種感動しまして、今だったらインターネットでいくらでもすぐに出会えますよね? そういった昔の状況は、相当な飢えというか、乾きを感じていたのではないでしょうか。
み そうですね、だから作画グループの会に行って、マンガの話しを同じ目線で、いちいち解説しなくても通じる人間がゴロゴロしてたので、喜んで作画グループに参加したと。
岩 作画グループに参加したのも、たまたまだったんですよね。
み そうですね。ぐらこん関西支部の会合があるからというのが『COM』にのっていたので、なにか自分の刺激になるかなということで行きました。そうしたら、日本最初の市販できる同人誌を発行するんだということになって、それはすごいことだよなと、参加したわけです。作画グループの歴史をきちんと綴れば、マンガ道とコミケの間をつなぐものになるので。
岩 なるほど。
『HUNTER×HUNTER』はその在り方が面白い
岩 そろそろお時間なので、質問がありましたらお願いします。
質問 なぜ今回『HUNTER×HUNTER』をテーマに選ばれたんですか?
岩 それは僕が決めたんですけど、『HUNTER×HUNTER』は、マンガの未来なんじゃないかと思ったんですね。それは過去を全部リファレンスしているというか、過去の流れを引き受けようとしている姿勢があると思えたからです。
兎 34巻のあとがきなんかには、『ドカベン』でやっていたことを、僕もやりたかったということが書かれていて、そういう意味でも、70年代のものをちゃんと受け継いで描かれています。ただ王道ではない表現の仕方ですよね。
岩 マンガという川が枝分かれしてきたのを、もう一回一つのところに寄せ集めようとしているんじゃないかという仮設ですね。
質問 みなもと先生は『HUNTER×HUNTER』を読まれて改めていかがでしたか?
み とにかく絵の上手は人だなということは、思い知らされました。指を内側から描くのは一番難しいんですよね。それを比較的、多用しているというか。とにかくキャラクターが劇画調だろうが、ギャグ調だろうが、キャラクターとしてきちんと溶け込ませてありますよね。
岩 さっき兎来さんが仰っていた、キメラアント編で、ある種完結したように見えるんですね。でも、それからもう一度始めるという流れがあります。それは『ドラゴンボール』や『北斗の拳』で、一旦作者が終わらせようと思ったけれども、ジャンプの編集部の意向で、続けざる終えなかったみたいなことのパロディーといいますか、そういうことの過酷さを、あえて表現されているのかなと思ったりもしました。
み なるほど。
岩 北斗の拳は、ラオウを倒して以降の評判が、あまりよくなくて、北斗の拳の敵打ちをするみたいな、何か意図があるんじゃないかなと、勝手に思ってるんですよね。
兎 でも冨樫先生はわりと、そういう人だと、僕も思います。
岩 だからジャンプは好きなんだけど、ジャンプに対して必ずしも同意しているわけじゃなくて、内側から壊すみたいなところを感じられて、面白いんじゃないかなと。
兎 そうですね。『HUNTER×HUNTER』はその在り方が面白いですね。
み そのかわり、王道はちゃんと守るわけね。
兎 そうなんですよね。
岩 王道をやりながら、それこそまさに内側から壊すというか。
み そういうことがあるのか。
兎 僕はよく太陽を描くのが普通の少年マンガ家、それに対して冨樫先生は太陽の周りの宇宙の暗黒をも描く作家と表現します。あらゆるカオスとか、暗黒の部分というのが人間にはもちろんあって、そこは少年マンガでは普通描かないんですけど、冨樫先生はあえて描くんですね。そして、それを描くことで、王道の面をもっているけれど、実は王道ではない「冨樫先生の作品」というのが、そこにあるという解釈を私はしちゃいますね。
岩 王道も極めて行くと、王道じゃなくなる。反転作用といいますか。
兎 ちゃんと全てを埋めていくことによって、王道が浮き彫りになっているから、王道にも見えるという。
み そっかそっか、確信犯でやってるのね。
兎 キメラアント編の最後も、主人公が倒すんじゃなくて、社会的な力によって解決する、というとこなんかは他の少年マンガではまずありえないんですよね。
トークショーの後にはサイン会も開かれました!
さいごに
今回は、 LOFT/PLUS ONEで行われた、「2017年のマンガの語り方~兎来栄寿が迫る、みなもと太郎はHUNTER×HUNTERをどう読むか?〜」をお送りしてきました。
みなもと先生と兎来さんは、お二人とも積極果敢に世代や、ジャンルを横断してマンガを読まれています。その姿勢が共通されていたので、とても息の合った、そして内容の濃い対談となりました。
なんと、イベントは3時間越え! 話が尽きない夜となりました。それでは、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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投稿者 大塚芙美恵