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子どもが頭を打っただけなのに「逮捕」!?

第4回目となる、児童虐待のテーマ。

小児脳神経外科医の藤原一枝先生に、子どもの虐待の疑いをはらすことの難しさ、増える冤罪についておまとめいただきました。

 

藤原一枝

藤原QOL研究所 代表

元・東京都都立墨東病院脳神経外科医長

愛媛県松山市生まれ。岡山大学医学部卒業後、日赤中央病院(現・日赤医療センター)小児科・国立小児病院(現・成育医療センター)小児神経科を経て、1974年から東京都立墨東病院脳神経外科勤務。1999年藤原QOL研究所設立。2012年からの中学1,2年の武道必修化に対し、青少年の柔道事故死の中に脳振盪軽視があることを分析し、警告を発した。国際的なスポーツ脳振盪評価ツール(SCAT)を翻訳し、公開している。

出版物は「まほうの夏」「雪のかえりみち」(共に岩崎書店)など児童書のほかに「おしゃべりな診察室」「医者も驚く病気の話」「堺O-157 カイワレはこうして犯人にされた!」など。

  

過去の記事はこちらから↓

第1回

明日はわが身? 子どものケガでお縄頂戴!? – 岩崎書店のブログ

第2回

今、この日本で虐待の容疑がかからないようにするには ~人の子どもを抱っこしたばかりに、虐待の容疑をかけられることもある! – 岩崎書店のブログ

第3回

チャイルドファーストだけではおかしい。科学的根拠と人権に目を! – 岩崎書店のブログ 

 

 

 

子どもの虐待の疑いをはらうことは、

満員電車での痴漢の疑いをはらすよりむずかしい!

 

児童虐待の判決の根拠は推定だった 

 

2018年3月13日、大阪地裁は2014年12月に頭に重症を負った生後1カ月の長女に対する傷害罪で、母親に懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。

長瀬敬昭裁判長は「激しい揺さぶりがあったと推認される」としたのでしたが、この裁判の争点は「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」だったかどうかでした。

 

弁護側は、原因を「当時2歳だった兄によるベビーベットからの引きずり落としや投げつけ」としましたが、判決は「揺さぶられた可能性が高い」とする検察側医師らの鑑定結果を信用できると判断し、下されたそうです。

 

 

痴漢冤罪との類似点

 

この判決が執行猶予付きの有罪判決だったことは、それでも一歩前進だそうです。

裁判官にSBSだと決めつけられないタメライがあった、とみればです。

 

私はこの判決を聞きながら、これは痴漢の冤罪の構造と同じではないかと思いました。

 

疑われて冤罪になった人は「誰によって」「何によって」を、証明することもできないし、ましてや再現したりなんてできないからです。

 

虐待も痴漢も、裁く側の憶測と供述の信用性が頼りで証拠が出せない。

 

周防正行監督の映画『それでもボクはやっていない』(2007年)が思いだされます。

 

60代の男性がこう言いました。

「一度、痴漢と疑われたら、冤罪でも、覆すことはできないだろう。生きにくいご時世になったよ。僕は満員電車では、両手を上げて立っているよ」

 

別の中年の男性はこう話します。

「私は高校生のときに、新宿駅で痴漢にまちがわれたことがあります。電車が到着し乗車口にいると、急に私の前に女性が割りこんできて、ドアが開くと同時に後ろからたくさんの人が入ってきました、私は両手に荷物を持っていたので、手は下の方にありました。

そして私の後ろからきた男性が私の前にいた女性のスカートをめくり、お尻をさわって、すぐに奥の方に逃げていきました。

女性は振り返って真後ろにいた私をにらみつけて、『なにするのよ!』と言い、私を犯罪者扱いして、そのまま別のところに行ってしまいました。

私は男性の行動があまりにも素早く、あっけにとられていました。

もし、あのとき、女性が警察を呼んでいたら、私はまちがいなく痴漢の犯罪者になっていたと思います。

今ほど痴漢の問題が社会で騒がれていなかったのが幸いだったかもしれません。

 今、私はエスカレーターに乗るとき、前に女性がいるときは必ず一段ステップをあけて乗りますし、満員電車に乗るときはできるだけ女性の近くに寄らないようにし、どうしても女性がいる場合は両手をつり革にかけるようにしています」

 

痴漢と疑われない対策は、限界があるでしょうが、まだ自己防衛という手段があるかもしれません。

 

しかし、子育て真っ最中の親で「子どもに絶対にケガはさせません。病院に行くようなこともありません」と言い切れる人がいるでしょうか?

 

ドキドキ、ハラハラの連続の日々、想定外の行動をするのが子どもです!

 

孫のいる知り合いは大阪地裁の判決を知り、二つの次のような感想をもらしました。

「児童相談所の判断で、ケガした子どもと引き離される危険を避けるためには、

親や大人が子どもを注意深く見守ったり、接するしかないのかな」

 

「通報する医師も、『この親が虐待をするような人かどうか』、人間観察の技術も磨いてもらわなくちゃね」

 

すぐに、私は叫びました。

 

「エー、そんな甘いことや おまへんで!!」

 

児童虐待防止に関わっている人のマニュアルには、こんな文章もあるのですよ。

 

「養育者が加害を自白することが少ない上、虐待をしている人でも“健全な養育者に見えることが多いため”、医療者から出された診断を児童相談者が信用しないといった事態も発生し……」

 

つまり、痴漢だと訴えられた人と同じように、警察や関わる人たちは、子どもを連れてきた親などを、「見逃して、子どもを死なせてはいけない」と考えて、最初から容疑者扱いをするのです。

 

人は疑ってかかれ、と言わんばかりです!

 

ケガの重さと罪の重さが比例?

 

幸い子どものケガが軽ければ、罪には問われませんが、重ければ子どもの安全を守れなかったと親に自責の念が浮かぶのは当然です。

 

でも、避けられなかった「打ちどころの悪さ」によって、なぜ罪に問われなければいけないのでしょうか?

 

2018年、同じ大阪で両親が逮捕された事件がありました。

これは冤罪の可能性が高い。しかも、職業や実名入りの報道で、人権侵害の度合いも高い。

これは問題です。

 

親子3人暮らしの2017年4月23日のこと、物音がしたので親が様子を見に行くと、

当時8カ月だった長男が「床に倒れて白目をむいていた」ので、すぐ救急車を呼んでいます。

「椅子につかまり立ちして後ろに倒れたと思う」と説明し、両親は虐待を否定しています。

ところが、乳児に急性硬膜下血腫や眼底出血などがあり、早期の治療にもかかわらず、半身麻痺や知能障害を残したようです。

10カ月後、両親の逮捕です。

 

事故の内容は、両親の供述を信用すると、事故である中村Ⅰ型そのものです。

しかし、急性硬膜下血腫と眼底出血と重い後遺症からSBSを疑われ、虐待として扱われているのです。

 

中村Ⅰ型は軽くて、後遺症がないと思われていますが、実は今でも約1割に重度の後遺症が残ったり、死にいたる例があります

 

報道では、複数の医師が「倒れた程度では起きない傷害」と診断し、SBSの可能性があると指摘したそうです。

 

しかし、複数の医師の立場とその質が不明のままで、かつ別々に質問に答えたというのでは、信用できませんね。

複数の医師が一堂に会して討議した結果であるなら、信じられるのですが。

 

さて、3月になって、先の逮捕など、関西での児童虐待関連の判決は少なくとも3つあり、騒々しい感じです。

 

2月10日、京都でのシンポジウムは、主催 龍谷大学犯罪学研究センター、 共催 SBS検証プロジェクト、刑事司法未来プロジェクト、えん罪救済センター、 後援 大阪弁護士会、京都弁護士会、兵庫県弁護士会で行われました。 その主張である「SBSに対して、科学的検証を!」という声は、病院や児童相談所、その他の関連機関にも激震のように広がったようです。

 

なぜなら、仕事上の判断の根拠が変わるため、その戸惑いだけでなく、自分の過去の仕事内容の正否が問われるからです。

つまり、安易にSBSと診断し、児相に通告してきたシステムが根底から揺さぶられてしまう事態をまねきかねないのです!

 

政府へ問いただせば、危機感は募るばかり

 

このような動きもあります。

2018年2月28日、第196回国会で議員から質問が提出され、3月9日には答弁が出されていました。

(これらは、衆議院のHP*で見ることができます)

 

『児童相談所の「一時保護」と「乳幼児ゆさぶられ症候群(SBS)」に関する質問主意書』は、虐待の有無について、厚生労働省の「子ども虐待対応の手引き(以下 “手引き”)」などがあり、いわゆるSBSの有無が一つの判断基準になっているが、児童相談所の常勤医でも判断が難しいと言っている現状を踏まえての9つの質問でした。

 

今回は、その一部をご報告します。

質問は、現場で働く関係者の切実なとまどいや疑問や苦悩を反映した、根源的で厳しい内容でした。

 

しかし、残念ながら厚労省の回答は、過去の研究成果に準ずると言うだけで、危機感を感じない内容でした。

古い年代の法律に準拠していくだけと強調された思いです。

 

1)質問は、“手引き”にある「家庭内の転倒・転落を主訴にしたり、受傷機転不明で硬膜下血腫を負った乳幼児が受診した場合は、必ずSBSを第一に考えなければならない」に医学的根拠はあるのか」というものです。 

 

回答は、

・「三主徴(硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫)が揃っていて、3メートル以上の高位落下事故や交通事故の証拠がなければ、SBSである可能性が極めて高い」、

・「硬膜下血腫とSBSに特徴的とされる眼所見(鋸状縁に及ぶほど広汎で多発性・多層性・多形性の網膜出血、網膜ひだ、網膜分離症)があれば、SBSである可能性が極めて高い」という記載はそのまま通用しているというものでした。

 

2)次の質問は“手引き”では、「SBSの疑いが強ければ、子どもの安全確保のために職権による保護を行う。乳幼児の親子分離が親子関係の形成を阻害し、二次的な虐待を作るというマイナス面を考慮にいれても、受傷の原因が特定出来ず虐待の可能性がある限りは、安全を第一に分離の判断をせざるを得ない」とされていますが、これは、「必要以上の一時保護につながってはいないか」というものでした。

 

回答は、昭和22年の法律をあげて、「児童の安全を確保し、適切な保護を図る観点から適切なものと考えている」とのことでした。

 

3)質問は、欧米の研究でSBS理論には疑問があるとされ、ごく最近、日本弁護士連合会(日弁連)でも、「SBS理論は保護者が子どもに虐待を行ったという冤罪を作り出していく危険性がある」と警告を発していることに対しての考えと、「政府は “手引き”などを見直す考えはないか」が続きました。

 

回答では、総合的に判断すべきであると考えていが、現時点では、“手引き”(平成25年度版)におけるSBSに関する記載を見直す考えはないそうです。

 

これらのやり取りが、今、話題の公文書として公表されているというわけです。

 

ますますアブナイ! 増える冤罪

 

つまり厚労省の役人に危機感はなく、責任は”手引き”を作成した医師たちにあるかの答弁です。

この“手引き”によって、医師も病院関係者も児童相談所も警察も検察も動いているわけですが、このまま日本は、SBS仮説に牛耳られた米国の轍を同じように踏んでいくのでしょうか。

 

歴史を学べば、道を正すことはより容易なはずです。

 

このままでは、大阪の逮捕された夫婦だけでなく、ブログ第一弾の児相の判断に引きずられた事例のようなケースがどんどん増えていきます。

 

厚労省の「子ども虐待対応の手引き」の、とくにSBSの部分は、現実を反映していません!

 

皆で声を挙げていきましょう!

 

*児童相談所の「一時保護」と「乳幼児ゆさぶられ症候群」に関する質問主意書 

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon_pdf_s.nsf/html/shitsumon/pdfS/a196103.pdf/$File/a196103.pdf

 

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投稿者:mieta