福本友美子さんに聞く 絵本『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』が愛される5つの理由
岩崎書店で絶大な人気を誇る絵本『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』。2012年11月の発売以来、販売数は年々伸びています。「わが家もぎゅっぎゅっとしています」というお便りをいただくことも増え、多くの方に愛されるベストセラー作品に育っていますが、なぜこんなにも支持を得ているのでしょうか。そこで今回は、同作を日本語訳した福本友美子さんに、作品の魅力と翻訳に込めた思いを語っていただきました。
魅力あるイラストは子育ての中で生まれた
福本 友美子 (ふくもとゆみこ)
公共図書館勤務の後、児童書の研究、翻訳などをする。『としょかんライオン』『ひみつだから!』「くまちゃん」シリーズ(いずれも岩崎書店)、『ないしょのおともだち』(ほるぷ出版)、『おやすみ、はたらくくるまたち』(ひさかたチャイルド)、『シンデレラ』(岩波書店)など多数の訳書のほか、編著書に『キラキラ応援ブックトーク 子どもに本をすすめる33のシナリオ』(共著、岩崎書店)などがある。
── 福本さんは『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』と同じデイヴィッド・ウォーカーさんが絵を描いた「くまちゃん」シリーズの翻訳も手がけていらっしゃいますね。ウォーカーさんのイラストを初めてご覧になったときの印象はいかがでしたか。
とても可愛らしい絵ですが、可愛らしいだけではなく、よく見ると小さな子どものしぐさをとてもよく捉えていますね。例えば「くまちゃん」シリーズでは、子どものくまちゃんが後ろを向いて「よっこいしょ」と椅子をよじ登る姿や、嬉しくて両手を挙げてぴょんぴょん飛び上がっているところなど、よちよち歩きくらいの幼い子ども独特のあどけなさや無邪気さが、細部にわたって描かれているんです。実際にウォーカーさんの来日時にお話したとき、ご自身のお嬢さんたちの育児にも積極的に参加なさっていたと聞き、子育ての経験があって、子どもをよく観察して絵を描いていらした方なんだなと、納得しました。
『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』は、お母さんと子どもの何気ない一日を描いたお話ですが、元気いっぱいな子どものエネルギーが、イラストにもとてもよく表現されていますね。
- 作者: フィリスゲイシャイトー,ミムグリーン,デイヴィッドウォーカー,福本友美子
- 出版社/メーカー: 岩崎書店
- 発売日: 2012/11/28
- メディア: 大型本
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愛情たっぷりな日本語版タイトルに共感
── 原書(英語)のタイトルは“TIME for a HUG”。直訳すると「ハグの時間」ですが、なぜ日本語版は『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』になったのでしょうか?
「だいすき」ということばは、絵を見ながら思いつきました。この表紙の絵を見てください。お母さんも子どもも、そんな表情をしてるでしょう?
それから「ぎゅっ ぎゅっ」ですが、Hugの直訳である「抱きしめる」や、日本でも最近若い方が使っているカタカナでの「ハグ」は、小さいお子さんにとってはまだあまり馴染みがありませんよね。実際に子どもの生活では、「ママ、ぎゅってして~!」とくっついてきたり、お父さんやお母さんが園に送り出すときに「いってらっしゃい」「じゃあ、ぎゅっとして、バイバ~イ」という場面が多く見られるので、「ぎゅっ」という言葉なら、親御さんにもお子さんにもすんなり受け入れられるかな、と考えました。
英語版(左)と日本語版(右)。タイトル周りのイラストも異なる。
「おはよう」から「おやすみ」までが無理なく身につく
── 確かに、「タイトルと絵を見て購入を決めました」という共感の声も多くいただいています。それから、“TIME for a HUG”=ハグの時間というタイトルの通り、この絵本は、時計の見方や時間の感覚を子どもたちに覚えさせるという意図もありますが、時計や時間のルールを主張しすぎず、無理なく生活習慣や時間の感覚を覚えられるのも、読んでみようというきっかけになるようです。
原書では朝から晩まで、一日の間に「今は何時?何をする時間?」という問いかけが続いていきますね。でも、この本を読むごくごく小さいお子さんには、時計を読む、時間を知るというのは、まだ少し難しいかもしれないでしょう?ですので、日本語に訳す際は、「次は何の時間?」という問いかけを、時間の感覚を楽しんで受け入れられるように工夫して、「おつぎはなあに?」と訳しました。
── 「夜寝る前に必ず読みます」というお声もたくさんいただいています。
絵本の最後の場面でも、うさぎの親子がおやすみのハグをしていますね。実は原書には「おやすみなさい」という意味の言葉は書かれておらず、「アイラブユー」で終わるのですが、日本では「アイラブユー」とは言いませんよね。でも、もちろん心の中ではそう思っていますから、「だいすきだいすき」と気持ちを込めて、特別にたっぷりとハグをして、おやすみなさいと言えたらという気持ちを込めました。
英語版(上)では ” I LOVE YOU! ” 日本語版(下)では「おやすみなさい!」となった。
ハグのきっかけをくれた
── 「ハグのきっかけをくれた絵本」という声も多く寄せられています。めまぐるしい育児の日々の中、「おつぎはなあに?」の後に「だいすき ぎゅっ ぎゅっ」があることで、抱きしめる大切さを思い出した、子どもから「ぎゅっ」をねだるようになったなど、親子のハグの時間が増えているようです。
嬉しいですね。実際に子育ては、次から次へと食べさせて、遊ばせて、お昼寝させて…と、それだけで日が暮れてしまいますしね。けれども、そんなルーティンワークだけでなく、その合い間合い間に「ぎゅっ」とハグすることが大事だよ、ということを、この絵本は教えてくれるんですよね。
私自身、小さな子どもたちに絵本を読む機会が多いのですが、ひざに乗せて読んであげると、子どもたちは必ずと言っていいほど、読んでくれる人の身体のどこかを手でさわっています。それほど小さな子どもというのは、常にスキンシップを求めているのではないかと感じます。ですから、絵本を読んでいるときにも「ぎゅっ」としてあげたら、どんなに嬉しいかと思い、「おつぎはなあに だいすき ぎゅっ ぎゅっ」という場面で、ひざに乗せた子どもたちを実際に「ぎゅっ ぎゅっ」と抱きしめてあげてほしいという気持ちもあったんです。
「ひざに乗せて、こうやってね」。『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』担当編集者の増井(左)と。
── 「一緒に絵本を読むと親も癒される」という声がある一方で、「自分の育児の仕方を問われている気がする」など、理想通りにお子さんに接することができないと思い悩む声も届きました。
「0歳からの絵本の読み聞かせタイム」を義務に感じているお母さんも多いかもしれません。実際にはひざに乗せて、いざ絵本のページをめくっても、0歳ではまだお話を聞くのは難しいですよね。1ページ見ただけでパタンと絵本を閉じてどこかに行ってしまったり、ただめくるのが面白いだけだったり。でも、最後まで本を読み終えなくても、「ひざに乗せて絵本を開く」ことを何度か続けていくと、「絵本を読んでもらうのは楽しいことなんだ」というのが0歳児ながらにわかってきて、1歳過ぎてよちよち歩きし始める頃になると、自分で絵本を持ってくるようになりますよ。絵本を本棚から持ってきて、後ずさりしてひざに座ろうとするその姿なんて、何とも言えず可愛いですよね。
── そこにひざがあるのが当たり前だと思っているんですよね。
そうです。子どもたちにとっては、お母さんやお父さんの膝は自分だけのものなんですね。そこに本を持って座れば何か楽しいことが始まるという、期待感があると思うんです。ですから、たとえば絵本を見て「うさちゃんがいるね」とか、まずはそんな会話を楽しむところから始めてみていただいてもいいと思います。
絵本を読んでくれた人との思い出が「幸せの記憶」になる
以前、大学で教鞭をとっていたとき、学生に「小さい頃に読んだ、思い出に残っている本」についてのアンケートをとったことがあります。アンケートの中にはその本の思い出も書いてもらったのですが、その何百人かの回答を読んでとても驚きました。「お母さんが私と弟に読んでくれて、その後私が弟に読んであげました」とか、「いつも寝る前にお父さんが読んでくれました」、「保育園の先生が毎日読んでくれました」など、ほとんどの回答に「誰が読んでくれたのか」が書かれていたのです。
── 読んでくれた人のことが絵本と一緒にひとつの思い出になっているのですね。
そうです。これはとても大切なことだと思いました。子どもの頃の絵本の思い出というのは、本そのもののよさだけではなく、誰かが自分のためだけに時間を使って読んでくれたという、「幸せの記憶」として刻み込まれているのです。そしてその記憶は、大学生になっても残っていて、絵本を開くたびに、その幸せな思い出がよみがえるんですね。ですので、特に小さい子どもにとって絵本は、お話そのものだけでなく、誰と一緒に読むのかが、すごく大事なのではないでしょうか。
0歳からの読み聞かせが大切なのは、「たくさんの本を読み聞かせる」ことではなくて、「幸せな時間をどれだけ共有してきたか」ということなんです。そして、それはパパママだけではなく、おじいちゃんやおばあちゃん、先生など、周りにいる大人が、自分のためだけに読んでくれるということなのではないかとも思います。
『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』も、お母さんやお父さんのひざに抱っこして、「ぎゅっぎゅっ」としながら読んであげてほしいですね。そして「この本、よくお父さんやお母さんにぎゅっぎゅってしてもらいながら読んでもらった」と、大学生、大人になってからも幸せな思い出として心の中に残ってほしいですし、彼らにお子さんができてから、同じように幸せの記憶を一緒に読み継いでほしい、そんな思いも込めています。
── 読者の方からも「親から出産祝いにもらい嬉しかったので、私も友人にプレゼントしました」というお声も多くいただいていますので、まさに幸せの連鎖が広まりつつあります。福本先生、翻訳にまつわる秘話や、大人が読んであげることの大切さなど、ありがとうございました。
投稿者:michelle